「工房」に住もう

工業デザイナーの秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。モノ・モノでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では、秋岡芳夫が常々提唱している「裏作工芸」の観点から、暮らしとモノ作りが一体となった「工房生活」の魅力を具体例をまじえながら紹介しています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

工房
東京・目黒区にある秋岡芳夫のアトリエ兼木工塾、「ドマ工房」にて。(撮影:堂六雅子)

あなたも、ぼくやぼくらの仲間のように工房に住みませんか。工房のある家で、工芸して暮らしませんか。

ぼくの家には食堂よりも広い土間があります。居間よりも美しい工作向きの土間があります。木のブロックを敷いた土間が一つと石を敷いた土間が二つもあります。土間にはピアノや工作台や織機が置いてあります。

女房はそこでときどき糸を染めたり紬いだり織ったりするのです。ぼくもそこで大工をします。ノミを研いだり鉋をかけたりするのです。息子たちがピアノやチェロを弾くこともあります。土間に据えてあるぼくの工作台にはZライトが取りつけてあります。夜の工作が多いからです。女房の機にもクリップでライトが取りつけてあります。彼女もまた、夜に織ることが多いからです。

ぼくの家の土間は、作りは工房風ですが使い方は居間風です。この土間で過ごす時間はぼくの休息の時間です。ここでぼくの家族はテレビよりももっと楽しい時間を過ごしているのです。

ぼくの家の土間は工房です。居間です。そして応接間なのです。ひょっこり鉋や砥石を持った仲間がやって来て削台の上で一杯やったりする応接間なのです。ぼくの家族は土間工房のある家に住んでいて、そこで工作と会話と音楽と酒を楽しんでいるのです。

あなたもぼくの家族のように工房に住みませんか。あなたもぼくらの仲間になりませんか。

工業デザイナーのO君はぼくと同業です。マンション住まいにもめげず家族全員で彫金などの工作に熱中しています。中学生の男の子は木工。高校生の女の子は織物と、めいめいに工作をしています。マンション住まいに工作の騒音はご法度ですから木工部屋の床にはじゅうたんを敷きつめて、手鉋とハンドドリルで静かに「マンション大工」を楽しんでいるようです。

外科の開業医だったI(アイ)先生は大きな病院に勤め始めるようになったのを契機に医院の看板を下ろしてしまいました。三度のめしより好きな木工をやるためにです。もと手術室だったタイル貼りの部屋は漆を塗ったり乾かしたりする塗装室に、待合室の床には削台を置き壁には鋸と鉋をかけて木工室に改造してしまいました。

病院勤めの無い日や非番の夜にI先生は木の患者を見るのです。反った木、狂う枝、あばれる材を平らに直すのに熱中するのです。以前メスを研いでいた砥石でI先生はこの頃彫刻刀を研いでいます。人間の腹を切るより木の手術の方がはるかに難しい。難しいから面白いよとI先生は言って木工を楽しんでいます。

埼玉の町役場で戸籍係をしているT君は勤めを終えて家に帰るとロクロを廻すのです。庭の片隅の小屋で木工ロクロを廻してお椀やお盆を挽くのです。

大分の工芸指導所で木製品とロクロの研究をしているTさんは自宅でもロクロを廻しています。夜な夜な下宿の庭に建てた小屋に籠ってロクロを楽しんでいるのです。

ぼくの木工塾の優等生だったピアノの先生のO嬢は去年塾を止めて東京から岩手に引っ越しました。岩手の山の町で家具を作っているK君のところへお嫁に行ったのです。お嫁に行ったO嬢はさっそく台所の脇に下屋をおろして木の工房を作りました。食事の仕度をしながら木工もやろうというわけです。料理・洗濯・ピアノ・木工とO嬢はいま大いそがしなのです。

ぼくの仲間は、ピアノの先生のO嬢も、外科医のIさんもお役人の二人のTさんも工業デザイナーのO君も、みんな工房に住んでいます。工房に住むと、もう一つの人生が開けるのです。織物・革細工・挽物・指物・彫金・焼物の「夜の工芸家」になれるのです。「休日の工芸」を楽しむ人生が送れるのです。

ゆっくりとした時間に、たっぷりと手間をかけないといい工芸品は創れません。その工芸にたっぷり手間をかけるゆとりの時間をあなたはすでに持っています。たっぷり手間をかけて工芸しませんか。工房に住んで……。

主婦の昼や夜には洗濯機のような便利な道具のお陰で時間のゆとりが出ています。勤め人の1週には週5日制のお陰で週末に1日か2日のゆとりが出て来ました。農村には、ティラー・コンバイン・化学肥料のお陰で夜と農閑期と冬場に、時間のゆとりがすでにあります。人生には平均寿命が延びたので老後にたっぷりとしたゆとりの時間があるのです。

民芸館で、よく出来た工芸品を見るたびに想います。この素晴らしい籠も、この手のこんだ織物も、きっと冬の炉端でたっぷりと手間暇かけて創ったのに違いない。表作の農業をすっかりなし終えた冬に、ゆっくりと工作を楽しみながら「農の裏作」「冬の裏作」で創ったものに違いないと。

民芸品には「とても本職にゃあ、こうはいかねえ」とプロが舌をまくようなアマものならではの良さがあります。かつて、農村村の人達が冬に、人生の楽しみも兼ねて炉端で工芸していたように、いま街で、昼と夜と週末と人生のゆとりの時間に、あなたも工芸して見ませんか。

お嫁さん。夕方の買物の時刻までの2、3時間に「居間工房」で「昼間の工芸」をしませんか。
お役人さん。土曜日曜に「小屋工房」で「週末の工芸」をしませんか。
サラリーマン諸君。「夜の工芸」をやりながら定年退職後に「土間工房」で「人生の裏作工芸」をやる計画をいまから建てませんか。
村のみなさん。農と畑と酪の裏作に、民芸品を創っていたむかしのように「冬に裏作工芸」をやりませんか。

みんなで、デザイナーもお医者さんお嫁さんも農家も、裏作で工芸しよう。

出典元・著作の紹介

いいもの ほしいもの

『工房生活のすすめ』

みずうみ書房 | 単行本 | 1979

私たちのほしいモノを工業も企業も作れないなら、どうすればよいか。「まず自作しよう」。「次に里に住む人々に作ってもらおう」と秋岡は語りかける。前半では秋岡の工房住宅の日々を伝える。後半は、山農村の過疎化対策のつたなさを皮肉りながら提案する「一人一芸の村」計画の話が中心。「ねえ、村長、チップ屋に売ってる雑木を器にしませんか、裏作で」。岩手県大野村(現・九戸郡洋野町)の学校給食器はこうして生まれた。
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※掲載箇所:「工房生活のすすめ」  P250〜255

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