「裏作工芸〜日本の工芸の4つの型〜」

モノ・モノ創設者の秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。本コーナーでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では工芸のあり方を作家型・生業型・企業型・裏作型の4つに分類するとともに、「裏作工芸」の可能性を説いています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

本文中に登場する「時さん」こと、時松辰夫さん。裏作工芸を通じた地域起こしのスペシャリスト。

手づくりが世界的にブームになった1978年の秋に伝統工芸のメッカ京都で第8回W・C・C世界クラフト会議があった。56カ国からしめて2200人ものクラフト(工芸)関係者が参加したが、日本からの参加者の大半はクラフトの生産者で、使い手・買い手の参加が少なく、分科会の討論に「工芸品と安全性」とか「工芸品と適正価格」などの、消費者・愛用者に関係の深いテーマが欠けていたのは主催者の勘違いだったと指摘したジャーナリストがいたが、妙なことでアメリカと日本がお互いにびっくりし合った。

昨今アメリカではホビークラフトがブームだと聞いてはいたが「5人に1人の割、国民の20パーセントがクラフト人口」と聞いて、日本人側はその数に驚いていた。W・C・Cの機関誌「クラフトホリゾン」の編集長のシルフカ女史によれば、アメリカのクラフトの主流はアート・クラフトのアマチュアクラフトマン。柄から刃までべったり彫刻を施した1丁3000ドルもする美術ナイフを手作りしているプロクラフトマンもいるにはいるが、生産型のクラフトはまれで、手持ちの余暇時間と工芸資材とを消費する余暇型のクラフトマンが大半だそうだ。

アメリカ側は、日本のクラフトの値段が高いのに驚いていた。漆の食器を手にとって「美シイ。スバラシイ。デモ、1コ3万円。トテモ高スギマス」と肩をすぼめ、500万円の茶碗を指さして「コレダレガ買イマスカ?」と、「買えない使えないクラフト」だと疑問を投げかけていた。1丁3000ドルの美術ナイフを売ってるアメリカ側が。

10年後にはきっとアメリカ型の余暇型クラフトが日本にも流行って来る。でもいまの日本には余暇型のクラフトはまだない。現代日本のクラフト界は実に多様に分派しているが、そのほとんどが生産型のクラフトで日曜大工や手芸はクラフトには含めない。

日本には作家型・生業型・企業型・裏作型などの工芸のタイプがある。

作家型は1コ3万円の漆器や500万円もの桐箱入りの茶碗作りを指向している工芸だから、クラフト=日常品と考えれば「トテモ高スギマス。ダレガ買イマスカ?」とアメリカ人に指摘されるまでもなく、作家型のものはクラフトとは呼べない(W・C・Cの会場にはこの作家型の工芸品が沢山並べてあったが、これは手仕事=クラフトと考える主催者アメリカからの要請だったらしい)。

日本のクラフト生産の主流をなしているのは生業型の工芸だ。生業型は反作家気質のクラフトマンがやっている職人風の手仕事で、めし茶碗の値段はタバコ10箱ぐらいに抑え、汁椀も特級の洋酒二本分ぐらいの値段に抑えて買いやすくしている反作家型クラフトだ。生業型のクラフトマンは、機械や金型を使って量産するとモノの出来が悪くなる。だから手仕事でやるんだと言ってる点では反企業的だ。生業型は手間を十分にかけたモノをぎりぎり安く売ろうとするから作家・企業型のようには儲からない。かろうじて食べているといったところだ。

企業型のクラフトはグッドデザイン指向型で、量産・ローコスト・量販を目ざしており機械も使う。よりデザインのいい日用品をより多くの生活者に! とクラフトの社会的使命論をぶつ。めし茶碗ならタバコ4箱分の価格に、汁椀なら洋酒1本ほどの価格に抑え、ローコストを指向している。生産はコストダウンをねらった機械+手仕上げ方式だ。「手仕事は分業化した方が安くつく」と言う企業型の見解は、生業型クラフトマンの「手仕事は一貫作業でなければいいモノに作れない」と言う意見と対立している。

デザインのやり方でも企業型と生業型は意見が対立している。「クラフトデザインは、クラフトマン=職人=デザイナーが、ロクロをまわしながら手でやるものだ。ペーパーデザインではクラフトは創れない」と生業型が言えば、企業型は「あんたがたは近代デザインが分かってない。クラフト生産もいまやデザイン+機械加工+手仕上げの時代さ」とやり合っている。こんな討論が国際会議の席上で展開したらきっと面白かったろう。

この生業型と企業型クラフトとは別に、日本には裏作型のクラフトがある。この実態を世界に紹介したかった。日本のクラフト運動を推進させたのは裏作型のクラフトマンたちだ。たとえば九州の通称「時さん」。彼は日本全国のクラフト関係者に親しまれているクラフト運動家だが、本職は県の試験機関のお役人。本業が役人で、土日と休暇にクラフト運動を続けて来た裏作クラフトマンだ。彼は木工ロクロをまわさせたら全国屈指の職人で、どこかの街でクラフト展が開かれると必ずこの時さんの試作品が木工の部に並ぶといった多作家だが、時さんのクラフトはその辺の店では買えない。本業が役人だから世間一般の店で売るのを控えているからだ。

時さんはクラフトの技術をもっぱら社会提案に活用している。多摩ニュータウンでデベロッパーが丘を切り崩し、雑木林をブルドーザーでなぎ倒して捨てていると知ると、時を移さず飛行機で飛んで来て、櫟(クヌギ)でも榎(エノキ)でもはこねうつぎでも見事な器に挽きあげて雑木を粗末に扱うのをやめましょうと提案する。汽車で来ないで飛行機で飛んで来るのは、役所の休暇日数が足りないからである。もちろん自費で来る。

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