「かき鍋とダイニング」

モノ・モノ創設者の秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。本コーナーでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では「食卓の適切な高さ」について、日本人の食事様式の観点から考察されています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

男の椅子
秋岡芳夫デザインの「あぐらのかける男の椅子」と、高さを61cmに設定した丸テーブル

ついこの間、テレビの「私が気に入ってる食器」という、朝の奥さま番組に出たときのことです。その番組は何人かの家庭の主婦が、手作りの食器とか北欧で買い揃えて来たテーブルウェアとか、お気に入りの食器をめいめいに持寄ってそれぞれに自慢し合う趣向だったのですが、出演者の中に2人も、むかしむかしの箱膳を持って来た人が居たのにはいささかびっくりしました。

 

Gパン姿の若い主婦は、ワイングラスやぐいのみやおつまみ入れなどの酒器を一杯つめこんだ朱塗の箱膳を持参して、「彼が家に飲友達をつれて来たら、さっとこの箱膳を持って行くとティーテーブルの上がたちまち酒の席に早変りするんです。とても便利で気に入ってます」と説明してました。

離れの1部屋で静かに余生を送っているという老夫婦は、揃いの箱膳を2つ、中にむかしそのままに四椀と小皿と箸を収めてスタジオに持参、「畳の部屋の食事にはこれが1番。母屋から食事を搬ぶにも、後片付けするにもこれは便利ですし、それに、椅子と机での食事はどうも落着いてご飯がいただけません。それに、1部屋暮らしの私どもの部屋には椅子机を置く場所がございませんので……」と坐ってする食事のよさを説明していましたが、酒器の収納と運搬用に箱膳を愛用している若い主婦は、あまり広くないマンションで、リビングセットとダイニングセットを一部屋の中に置いて暮らしているようでした。年度の食事も、テレビも、そしてお客もそのLDK1室ですませているようでした。年寄夫婦はもちろん、離れの八畳一間でたべる、寝る、そして縫物などもするといった、日本流のワンルーム暮らし。両者とも、広くない1部屋で暮らしている点、共通しています。

 

この箱膳—取片づけられる食卓—を愛用しているというテレビ出演者に限らずいま、かなりの日本人がLDK1室で1日の大半を送っているのではないんでしょうか。テレビ・食事・お客。それに加えて勉強・読書・アイロンかけまで、手狭な1室ですませているはず。そのワンルームには台所の道具一式の他に冷蔵庫・食器棚・食卓と椅子・テレビ・飾棚か本棚・応接セットが所せましと置いてあるはず。ぼくの家もそうです。きっと、あなたの家も。もし箱膳のような、食事が済んだらさっと取片付けられる食卓ーー現代の箱膳ーーがあったら、さぞ部屋は広く使えるだろうになあとときどきぼくは考えるのです。

 

むかし、といってもそんなむかしではなく、戦前、ぼくたちはちゃぶ台でご飯をたべてました。それは折たたみ式の脚のついた丸い食卓で、いま思えば部屋が広く使える食卓だったのですけれど、部屋の作りが畳の和室からビニタイルの洋室に変り、椅子に腰掛けて食事をするようになってから使われなくなりました。

ところで、日本人の食事が椅子式に変ってから、まだわずか20年しか経っていません。ぼくらは長い間、膳・箱膳・ちゃぶ台で、坐って食事をして来ましたから低い食卓に置いた食器を手に持ってたべた古い習慣がまだ残っています。椅子に腰掛けるようになった今でも器を手に持って食事をしています。ご飯のお茶碗や汁椀はもちろんのこと、向う付けという名前の食器も、茶碗むしの器も、みんな片手で持てるように小さく、そして深く作ってあります。こんな深い食器は、西欧諸国にはありません。

椅子とテーブルの食事ですとスープはスプーンで口に運びます。お皿は持ち上げません。肉や野菜の料理も、テーブルに置いた皿からたべますから、自然、料理を口に近づけるためにテーブルは高めになっています。日本式の、器を手に持つ食事の食卓ーー膳に較べ、西欧式の食卓はかなり高い作りです。高すぎるのではないんでしょうか?今ぼくらが使っている椅子と食卓は。醤油さしをとろうとして、手前のお皿の料理で着物の袖を汚すことがありますし、向う付けに盛った中のお料理が見えなくて首をのばしてのぞいて見たりすることもあります。

冬の夜、テーブルの上にコンロを置き、土鍋でぐつぐつかき鍋を楽しもうと思うと、テーブルが高すぎて中が見えにくい。椅子から少し腰を浮かして、かきは煮えたか大根はあるかなんて、探したりすることがあります。いまぼくたちが使っている食卓は、高すぎて日本の食事には合わないようです。

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