椅子の人間工学的アプローチ

トヨさんの椅子のデザイナーである豊口克平さんは、人間工学という言葉がまだなかった戦前から、工芸指導所(のちの産業工芸試験所)において椅子の座り心地の研究をさまざまな観点から研究していました。本稿では『木工界』(1957年8月号)に豊口さんが寄稿した「椅子の機能」という文章をアーカイブしています。

文: 豊口克平(工業デザイナー)

トヨさんの椅子

家具の材料や製造技術は最近随分進歩した。椅子も同様ソリッド材から曲木、鋼管、鉄棒、積層合板、鉄線編みと材料、技術の変化からそのデザインも千変万化の観がある。しかし本当に能率的であり、かけ心地のよい椅子というものはなかなか見当らない。

椅子は家具の中でも最もそのデザインの厄介なものであろう。それは直接人体を支え、直接人間の肉体が感覚するからである。それに人間自体の体位や感覚に相当の個人差があり、動作や作業、環境、必要度による要件の種類が多いということである。

例えば執務、読書、食事、談話、 喫茶、休養、睡眠とその姿勢が違ってくる。このような場合の背や座の支持条件は均一ではない。自動車や飛行機のようなスピードに変化のある場合、汽車のように長時間の腰かけを要求される場合など。 大体人間それ自体が長時間でなくても均一の姿勢を保持することが生理的に許されない。

よく観察していると人間は始終その姿勢を変化させている。休息を要求するときできるだけ各部の筋肉の弛緩を求めているが完全な弛緩のバランスはとれるものではない。ある場合は弛緩した筋肉や神経をときどき刺激するための緊張さえ要求することがある。夜、臥床(がしょう)の形で完全休息の姿勢をとってさえ、人間は夜半に何回となく寝返りをうつものである。

ここでアグラ、ヒザオリの日本の座姿勢と椅子座の姿勢を比較してみるとこんなことになるらしい。アグラでは腎(しり)を下にして膝を上げて足を組むので、上体の重心を保つために上体を前屈みにする。 そのため腰椎部の緊張が続く。自然腰の靱帯附近の神経が痛み疲労を覚える。

これがヒザオリ(膝折り)になると臀部の下に足を組んでしく。臀部が持ち上げられるので、その姿勢は垂直となり腰椎部はアグラの場合と違って緊張感からくる疲労は少ない。しかし上体圧を受ける脚や足はその重量に長時間耐えることは困難である。太った人の場合このような姿勢が続くと神経や血行を阻害してひどいシビレを伴う。

椅子でもスツールでは長時間上体を正しく支えることはむつかしい。それは可撓(とお)性(=たわむこと)に富んだ腰椎が後彎(こうわん)したがるし、腎の突起部(座骨結節の周辺)の神経が痛む。私のようなやせた肉付の悪い者にはなおさらひどく感じる。このような場合背もたれは重要な役割を果すことになる。腎の部分、つまり座面にかかってくる上体圧を背もたれによりかかることによって二つの面に分散することができるからである。

実際スツールに腰かけたとき人間の体重の50パーセントは座骨結節の周辺にかかるものである。この50パーセントは座や背の傾斜角度によって40パーセント、30パーセントにも減じてくる。つまり人間の体の接触面を広くし、大きくすることによって、即ち単位面積に対する圧力が減少することによって体の局部的疼痛はなくなるし、疲労が少なくなるというわけである。

仕事用の椅子は座の傾斜が少ないし、背の角度も小さいから、それらの傾斜の大きい休息用の椅子ほど楽ではない。肘もたれがあると体圧力分布がもっとよく行われるからいよいよその楽さが増す。しかし仕事用の椅子は単に楽なだけでは用途に合わない。ふんぞり返ったり、肘木にもたれて仕事の能率が上るはずがない。

実際に一般の事務所をのぞいて見ると気持ちのよさそうな姿勢で仕事をしている人は真に少ない。座の前縁にせり出して臀をひっかけて座っている脚の短い女性、きちんと腰かけても背板に背が届かない椅子。これは奥行が深すぎるに違いない。背が高すぎて仕事に邪魔くさい椅子。背板が立ちすぎて腰が伸ばせない椅子。座面が高すぎて脚の届かない椅子。座が軟かすぎて臀が落ち込んで腰が屈(かが)む椅子。座板が平らで硬いのですぐ前方に臀がすべり出したり、臀がいたくなって一日中もじもじする椅子。

電車の中でもよく見受けることであるが、脚が浮いてフラフラするような座の高すぎる腰かけは全く現代のデザインではない。三等車の腰かけは88人を無理して乗せるために人間の旅行に無関心のようである。座には10度ぐらいの傾斜を与え、座と背の角度は90度もない。これではたまらないから前方に脚を投げ出す。失礼なことに前方の女性に脚がふれる。二等車でも駄目、特二がようやくこれを解決しつつあるが、人間らしい旅行をしようとすると高い料金を払わなければならない。

こんなことでもう一度新しく日本人の現代生活から椅子の機能を生理的に実験して見ることにしたわけである。近ごろこのような人間と物の有機的関係を究明する学問を「人間工学」とよんでいる。人間の使う道具には大事な学問であり、デザインの要素として絶対に必要な要素である。アメリカでは戦争中にこのような学問や実験が非常に進んだようである。それは兵器や、軍需用品の使用能率や作業の精度に大きい関係をもつために採り上げられたものであろう。

私達の椅子の実験には人体構造と姿勢、その動作などから腰かけの要件を追求したスエーデンの医者ベンクト・オッカブロム博士の研究、アメリカのレートン美術学校のイエールト教授の実験装置がたいへん役に立った。実験に先立って生理、解剖学についても予備知識をもつ必要があり、東大の屍体解剖室で気味の悪いいくつかの屍体をいじくらせてもらったり、人間の動作についても観察の目をひからせもした。

ある時、水平で平面的な座と背をもつ椅子と少し後傾した凹みのある座と背の椅子で、1時間半ずつ同一人が講義をきいている姿勢の動きを細かくフィルムにとって見たが、成る程相当の相違のあることが明らかにされた。前者は後者に比較して3倍の姿勢の変移が起こる。つまり座り心地が悪いから始終姿勢をかえるのであろう。

私達は3年程前から椅子の実験をしているが、実験対象になる人は日本人の標準体位の男女が選ばれる。男162センチメートル、女152センチメートルに近い人である(このころはもう既に1センチメートルくらいの差がでてきているのではないかと思われる)。実験装置は図で見られるような2枚のエキスパンションメタルに銅棒を何本も通して自由に抜き差しできるものである。

被験者は先ず仕事をするときの二つの姿勢を基準として実験される。その1は机に向かって書き物をする前屈みの姿勢。その2は時々腰椎部の緊張をとくために腰を伸し、背をそらせて一時的休息をとる姿勢。この二つの姿勢の時に必要とする各部の寸法、傾斜、曲面などを調べるのである。結果としてはこの二つの支持面をいかように組み合わせるかによって一つの仕事用椅子の機能に対する形の標準が生まれてくるのである。

この実験による結果を述べることにしよう。

1.椅子は姿勢の変化に順応するものでなければならない。
どんな椅子に座っても人間の筋肉や靭帯は一定の形に固定されると神経の疲労や刺激に耐えられなくなるのでいろいろと姿勢をかえるものである。時には足を組んだり、尻を前に出したり、脚を屈伸させたり、立ち上がったりする。ギブスのような椅子は体の曲面によく合っていてもまったく意味のないものである。

2. 男女共用の場合は女子の標準寸法による方がよい。
市場品の寸法を一定にすることは商売上望ましいことではあるが、男女成人の標準身長差は10 センチメートルもあり、それぞれの個人差も大きい。これを一定の寸法にすることには大体無理がある。望むならば2、3種の寸法差の商品が提供されたいものである。しかしもし1種類とするならば、一般の妥当性を考慮して女性を標準とする方が不合理が少ない。それは座面の高すぎる椅子よりも低すぎる椅子に座ることは足が浮いたり、腿を圧迫することがないし、脚をいささか投げ出す形をとることによって調節することができる。

3. 座面高は膝裏下でとどめ、前縁に丸味をつける。
座面の高さは膝裏の腿部が軽く座面にふれる程度にする。強く圧迫すると血行や神経を刺激して疼痛を覚え、しびれを起す。座面の前縁が腿に喰い込むと局部的疼痛を起こすので丸味をつける必要がある。
男 42.5センチメートル、女 39.1センチメートル(靴高さ2センチメートルを含む)

4.座面を僅かに後斜させる。
従来仕事のために椅子の座面は水平と考えられてきたが、少し後傾させると大腿部から臀部の骨格、筋肉構造に極く自然な支持を与えるし、背をもたせかけた時臀が前方にすべり出さない。

5.臀部、背部を僅か左右に彎(わん)曲させる。
上体の圧力はその大部分(全体重の50パーセントぐらい)を座骨結節と称する臀の突端の骨の周辺僅か10センチメートル程度の範囲で支えている。そのためすぐ臀がいたくなるもので、できるだけこの部分の局部分の局部的圧力を分散するため、座面も背面も体の曲面にそった彎曲面とするのがよい。だが体の運動や変化のためその曲面は大きいRをもつものであり、その面積は広いほどよい。しかし座面の前縁には曲面を与えないほうがよい。

6.接触感をよくするため、座面に厚すぎない軟質物(クッション)を敷く。臀部が必要以上に落ち込まないようにする。
硬い座面でも、その傾斜や曲面が合理的であれば、大して仕事の姿勢に差し支えがないが、接触感からは軟らかいものが敷かれてある方がよりよい。しかしこれがあまりに軟らかすぎると腰や臀が落ち込んで執務の姿勢がくずれて、生理的不合理をおこす。また姿勢の不安定も伴う。またこのクッションが厚すぎる必要もない。

7.座面の奥行きは膝下裏より骨盤後端までの長さよりも小さくする。
座面の奥行きはそれほど重要ではないが、深すぎる場合、背もたれの場合膝下裏が座の前縁につかえる。
男 41.5センチメートル 女 40センチメートル

8.暫定的休息のため背面と座面のなす角度を従来よりも大きくする。背面の高さを肩胛骨下端でとどめる。
仕事をするときは図のように前傾姿勢になるが、しばらくすると腰椎部の靱帯が筋肉の緊張で疲労を覚え、これを弛緩させるため腰と背を反らせる。このとき上体の重心が後方に移るので、背を支える背もたれが必要となる。一種の暫定的休息なのである。この角度は従来の102度では足りない。105度が適当とされる。水平に対しては110度ということになる。

9.腰椎骨盤上端部が支えられると、執務姿勢がくずれない。
従来の椅子は背もたれはあるが大抵のものに腰止めがない。そのため長時間仕事をするともっとも彎曲しやすい腰椎が、上圧で後彎(こうわん)してくる。そこで腰部の緊張による疲労が起こる。これを防ぐためには座骨結節から20センチメートルぐらいの高さにある第5腰椎を中心として10センチメートルぐらいの幅の支持面が必要とされる。これは左右に曲面をもった比較的軟らかい接触感のものがよい。

10.従来の机といすの差尺は大きすぎる。
一般の机の高さは椅子の座面高、特に座骨結節部の高さを基準にして決められなければならない。これは能率的で快適な動作に対して快適な高さなのである。その点従来の差尺30~35センチメートルは大きすぎる。勿論低すぎるのもいけない。
男 28.5センチメートル 女 29.2センチメートル

食事の場合はその動作から今少し低目の方がよかろうと思われる。
休息椅子の場合の実験は大体完了したが、まだ発表の段階に至っていない。しかし次のようなことがいえよう。休息の程度によってその形や寸度に種類があるが、極く一般的な談話などに使われるものについて述べると

1.休息の姿勢は更に自由であるべきなのでよりよい順応性が必要である。

2.座面高は低くなり、脚が前方へ投げ出される。
男 36センチメートル 女 34センチメートル

3.座、背支持面に勿論曲面をもたせる必要はあるが、休養の要求から接触面を比較的軟らかにクッションとしてフレキシブルな支持面をつくることも適切な方法に違いない。

4.座の前幅は広く、姿態の自由性を与えることは必要なことで少なくとも内のり50センチメートル程度とする。しかし奥行は余り大きすぎることは許されない。

5.背もたれの高さは、休息の場合姿勢が後傾状態にあり、上体重心が後退するので上体を完全に支えるため肩の高さまでとし、なるべく広い面積で支える方がよい。

6.座の傾斜は7、8度ぐらい、背もたれとの関係角度は107度。休息姿勢では座、背面の中間に腰部即ち骨盤が後転して三つの折れ曲がった面を形成する。そのため骨盤を支える支持面の必要が起こって来る。

7.更に休息を完全なものにするには肘もたれのある方がよい。上体の体圧がここにも分散されるからである。

以上のような条件やデータを書きならべると、デザインの必要性もなく味気ないものになるだろうと心配される人がいるが、とんでもないことで、これは機能上の要素を究明したもので、デザインの場合無視することの出来ない点を明らかにしただけである。

デザインはこれらの要素と材料、構造、その他の加工技術など、またデザイナー個々の個性によって如何様にも表現され、形成されるもので何ら自由を拘束するものではない。しかしこのような条件を無視するとき、どんな面白いデザインができたとしても、大体バッドデザインに終るのではないかと思う。それは椅子というものはいつでも快適なかけ心地、能率性を第一とする機能的道具だからである。

出典:『型而工房から-豊口克平とデザインの半世紀』美術出版社・1987年

※豊口克平が1955年にデザインした「トヨさんの椅子」を「低座の椅子と暮らしの道具店」で販売しています。

著者プロフィール

豊口克平

豊口克平(とよぐち・かっぺい)

1905年秋田県鹿角市生まれ。東京高等工芸学校卒業。1928年にバウハウスの理念に基づいたデザイン研究団体「型而工房」を結成、量産向けの家具作品を発表する。1933~59年まで商工省工芸指導所に勤務。1959年に豊口デザイン研究室を開設。その後、桑沢デザイン研究所、武蔵野美術大学教授、日本インダストリアルデザイナー協会理事など歴任。1991年没。

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