建築家と考える「低座の暮らし」 文・坂田泉

モノ・モノの低座椅子を長年愛用している建築家に、低座椅子との出会いや暮らしぶりを語っていただくリレー連載企画。第1回は前川國男建築設計事務所の出身で、ケニアの住宅環境の改善に長年取り組んでいる坂田泉さんに寄稿していただきました。

文: 坂田 泉(建築家・一般社団法人OSAジャパン会長)

男の椅子

原点

僕の「低座の暮らし」の「原点」は京都にある。書院や茶室ではない。京大北門前の喫茶店「進々堂」。名工、黒田辰秋の手になるその店内の黒光りするベンチが「低座」だった。僕はすぐ向かいの建築学教室で学んだ7年間をこのベンチと親しく過ごした。

黒田のベンチの座高は39センチ。足裏が床にしっかり届き、落ち着いた感じがする。進々堂の店内で感じるなんとも言えない安定感、安心感は、この座高の「低さ」も一因なのではないか。それは建築を学びながら、進々堂に通った僕が見つけた最初の「低座」への気づきだった。

「低座」を目指す

大学を卒業し、進々堂のベンチに別れを告げた僕は東京の生家に戻る。僕の生家は神戸にルーツを持つ婦人帽子の老舗で、多くの職人やお針子さんが働く工房を有していたが、僕が建築への道を選んだことを機に廃業し、建て替えることになった。そこで、単身者用アパートと両親、僕が住む住宅とが連結した建物を設計し、そこに今も居住している。

この住宅で僕は「低座の暮らし」を目指した。ことの発端は、居間のテーブルにある。当時、ちょっとしたアルバイトで小金を手にした僕は、ある木工所で居間のベンチとテーブルを造ることにした。ベンチの高さは進々堂を踏襲し、39センチ。多目的に使うテーブルは63センチとした。これは秋岡芳夫さんの提唱する「一机多用」のテーブルの高さだ。

木工家、黒田辰秋が手がけた進々堂のテーブルとベンチ
木工家、黒田辰秋が手がけた進々堂のテーブルとベンチ。出典:『黒田辰秋 人と作品』(白洲正子編)、撮影:牧直視、写真提供:黒田悟一

「低座」の家具と出会う

秋岡芳夫さんの著作にいつ頃から親しんでいたかは定かではない。「KAK」(秋岡芳夫、金子至、河潤之介の3人で結成されたデザイン事務所)での活動や「“消費者”から“愛用者”へ」といった視点は、僕の今の活動にも大きな影響を与えている。「一机多用」のテーブルについてもどこかで読んでいたに違いない。

居間のテーブルに合う椅子を求め、中野のモノ・モノを訪れ、「低座の暮らし」の椅子たちに初めて触れた時の喜びは忘れがたい。なんといっても存在感があったのは豊口克平さん(カッペイさん)の「トヨさんの椅子」。カッペイさんが雪に尻もちをつきながら追求したという座面のカーブは、お尻を包むように支えてくれる。背板も同様。

そして、秋岡さんの「あぐらのかける男の椅子」(以下「男の椅子」)。集成材を削り出した肘掛け、背当てのカーブに身体がなじむ。思わず手で撫ぜたくなる曲線だ。椅子は人の身体に最も近い家具のひとつだが、身体への感覚と同時に触感も大切だ。「男の椅子」には座るだけでなく触れる楽しさがある。また、脚の配置がユニーク。「あぐら」に合わせた菱型の座板の四隅に立ち、座板、肘掛け、背当てを支える。

また秋岡さんには「親子の椅子」もある。これは単独でも、組み合わせでも使えるところがユニーク。大小をつなげれば、親子で並んで座れるというのが名前の由来だ。

これらすべてが今も我が家で活躍している。かつて両親が住んだ階には娘夫婦が幼児2人と暮らし、「親子の椅子」を愛用している。僕の仕事机には「トヨさんの椅子」、居間には「男の椅子」。どちらも2回、生地を張替え、塗装もオイルを染み込ませ、いい色になっている。人数が増えるときは娘のところから「親子の椅子」を運んでくる。どの椅子もゆったり座れ、幼児が「だっこ」をせがんできても大丈夫。わが家では、あぐらより「だっこのできる椅子」というほうがふさわしい。

「愛用の椅子たち」。左から「親子の椅子(小)」「あぐらのかける男の椅子」「トヨさんの椅子」、奥はベンチとテーブル。
東京・千駄ヶ谷にある坂田邸にて。左から「親子の椅子・小」「男の椅子」「トヨさんの椅子」、中央は坂田氏がデザインしたテーブル。(撮影:坂田晶)

指先の法則

低い椅子やテーブルで暮らしながら、ある気づきが生まれた。

人間には、立った姿勢で指先に触れる高さに空間認識の「境界線」があると思う。つまり、指先より低いものは、比較的ゆるく認識し、行動を制約するようには感じず(だから気をつけないとぶつかったりもする)、指先より高いものは比較的はっきりと認識し、自分の行動を制約するように感じるのではないか。これを僕は「指先の法則」と呼んでいる。

この法則を応用すれば、指先より低い家具はあまり目立たず、結果として部屋は広々とする。また、指先より高い家具は目立ち、部屋を狭く感じさせる。「一机多用」のテーブルの高さは63センチ。僕の指先を若干、下回る。「指先の法則」によれば、「一机多用」は部屋を広々と感じさせる高さでもある。

低く、心地よく暮らす

「低座の暮らし」は身体に無理をさせない暮らしだ。コロナ禍によるテレワークで暮らしの中に持ち込まれることが増えたパソコンやタブレット。視覚や聴覚は大きなストレスを強いられる一方で、他の感覚、例えば触感や身体感覚は鈍化してきているように思う。心身のバランスを健全に保つためには、日頃から身体感覚に気を配り、心地よいものに身を委ね、手でも触れる機会を持つべきだろう。低い家具は暮らしの中でそういう機会を僕たちに与えてくれる。

秋岡さん、トヨさんの椅子たちと低く、心地よく過ごしながら、コロナ禍の中での暮らしをもう一度よく考えてみたい。

※本稿で紹介された低座の椅子は、モノ・モノのオンラインショップで購入できます。ー「一机多用の暮らし」(低座の椅子と暮らしの道具店)

著者の紹介

坂田 泉さん

坂田 泉(さかた・いずみ)

建築家・一般社団法人OSAジャパン代表

1955年東京都生まれ。1982年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。前川國男建築設計事務所に在職中の1994年から1年間、JICA(国際協力機構)派遣専門家としてケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学で建築教育に従事する。その経験を活かし、2011年に一般社団法人OSAジャパンを設立、「日本のタネをケニアでカタチに」をモットーに、ケニアと日本の間に「虹」を架けるような仕事を目指している。公益社団法人日本建築家協会国際委員、法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師、一般社団法人アフリカ協会特別研究員。

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