柳宗理のスツールデザイン考(前編)

日本を代表する工業デザイナーの柳宗理がデザインした3つのスツール(バタフライ、エレファント、三角スツール)。素材もフォルムも異なる3つの椅子の生まれた背景、そこに共通する柳宗理のデザイン哲学を、元側近の藤田光一さんが前編・後編の2回に分けて読み解きます。

文: 藤田光一(柳工業デザイン研究会)

柳宗理デザインのスツール
写真右から柳 三角スツール(復刻モデル)、バタフライ・スツ-ル(現行モデル)、エレファント・スツール(初期型・小)。(撮影:吉崎貴幸)

エレファントとバタフライ。2つの名作スツールはいかにして誕生したか。

柳宗理といえば、彼の代表作に「エレファント・スツール」と「バタフライ・スツール」がある。ともに1950年代にデザインされ、60年以上たった今もなお製造販売されている稀有な家具である。

まず、「エレファント・スツール(象脚)」であるが、この椅子は柳が自身のアトリエで使うための丈夫で安定性のある工作用椅子として、1954年にデザインされた。狭いアトリエでも使いやすいように、軽量かつコンパクトで、積み重ねられるデザインが特徴だ。優しく丸みを帯びたユニークな形状が象に似ているところから、エレファントという愛称で呼ばれている。

チャールズ&レイ・イームズデザインのシェルチェアにも使われたFRP (Fiber Reinforced Plastics)というガラス繊維で補強したプラスチックを使うことで、3本脚の安定感ある柔らかな曲線のデザインが可能となった。

「エレファント・スツール」は、1956年「第1回柳工業デザイン研究会展」(銀座松屋)に出品された作品が原型となっている。それを見た当時のコトブキ社の常務、土屋氏が「ぜひうちで作らせてほしい」と懇願したことから、コトブキ社で製品化され、1950年代から80年代頃まで製造された。その後、製造中止となったが、2004年にスイスのVitra〈ヴィトラ〉社より、材料をFRPからポリプロピレン樹脂に替えて復刻された。

一方、見る人に強い印象を与える独特のフォルムをした「バタフライ・スツール」は、柳の手遊びから生まれた。デザインの発想は頭の中で瞬時に出てくるものではない。紙を切る、折る、曲げる、さまざまな形を繰り返し作りながら試み考える中で、これは椅子になるのではないか、そう考えた柳は当時の日本ではほとんど知られていなかった成形合板技術に着目する。

曲げを加えることで合板の強度が増すという点を活かし、形態イメージをふくらませていった柳は、荷重を支える座面と脚とが一体化した、2枚の合板を金具でつなぐという形を生みだした。まだ成形合板技術が一般的に存在していなかった当時の日本においてそのアイディアはあまりにも斬新だった。

約3年の歳月をかけて完成したスツールは1956年の「第1回柳工業デザイン研究会展」で発表され、大きな話題を呼んだ。このとき発表されたこのスツールには畳を傷つけないよう考えられた〈畳摺(ず)りタイプ〉と欧米型住宅の板間用に用意された〈4点支持タイプ〉の2通りがあった。終戦からまもない時代に、これからは欧米の生活を取り入れた和洋折衷の居住空間が一般に広がることを柳は予見していたのだろうか。

翌1957年、第11回ミラノ・トリエンナーレ「国際インダストリアル・デザイン」部門へ招待出品された柳のブースは金賞を受賞し、以降このスツールを含む柳宗理デザインは一躍世に知れ渡ることになる。2枚の板が羽を広げた蝶のように見えたことから、後に「バタフライ・スツール」と呼ばれるようになった。

柳宗理は96歳で亡くなるまで精力的に活動を続けた。写真左は本稿の著者、藤田光一氏。(写真提供:柳工業デザイン研究会)

他にはないモノを追求する、柳宗理流の創意工夫。

柳は折に触れ「デザインは単に形だけのことではなく機能や技術などにおいても他にはない特徴あるモノを追求する、創意工夫することが大事だ」と語っていた。

そのひとつが技術面の創意工夫だ。技術の進歩や最新の材料はデザインを進化させる。エレファント・スツールとバタフライ・スツールは、それぞれFRP、成形合板という最新の材料・技術を活用したデザインであり、それは椅子の特徴にもつながるデザインの創造そのものであった。

こうしたデザインの進歩は、デザイナーの進歩よりもむしろ技術者に依存するところが大きい。よいデザインを生みだすには優秀な技術者の協力が欠かせないのだ。柳作品の多くは卓越した技術者や職人たちによって支えられており、けっして柳一人でデザインできたわけではない。

創意工夫のもうひとつが機能性だ。ここでいう機能性とは単に便利にする要素のことではない。椅子の“座る”という最も大切な機能に、日々使う道具として真に使い易い環境を整えることであり新たな価値を見出すことだ。これは家具に限らずすべてのプロダクトデザインに当てはまることで柳自身のデザインに対する姿勢でもある。

スタッキングという機能は椅子を使用する環境、周りの環境をできるだけスッキリさせたいと考えた柳の想いの表れではなかったか。ただ、スタッキングできれば良いということではない、そこにもその椅子の特徴につながるデザインの創造(創意工夫)が必要である。けっして見た目(外見)だけではない、創意工夫がもたらす見えない部分(内面)の美しさ、すなわちスムーズに綺麗に積み重ねるための仕組みや構造があった。

柳宗理がスツールのデザインを好んで手がけた理由。

柳のデザインした椅子はそのほとんどがスツール(低座椅子・腰掛け)である。なぜこれほどにも好んでスツールを作ったのだろうか。

ひとつ考えられるのは、大人から子どもまで老若男女すべての世代で使いやすいサイズを求めた結果ではないかということ。また、畳に座る生活形式、風習が色濃く残る住宅環境への暮らし方の提案ではなかったか。300~340mmの高さは、天井の低い日本家屋のなかで畳に座る人との目線とも具合のよい高さだ。

もう1つは、椅子は使う人の身体の大きさが千差万別なので、そのことがデザインを難しくさせているためではないか。“椅子のデザインが一番難しい”と柳自身が語っている通り、どんなに気に入った椅子があっても、自分の身体のサイズに合わなければ道具として意味がない。椅子は生活用具であるがゆえ、使われてこそのモノである。形がどんなに美しくても大切な機能から離れてしまってはよいデザインとは言えない。それに比べスツールは、腰や背、肘掛けの当たりを気にすることがないことから、デザインプロセスは格段に減り、発想しやすかったに違いない。

※柳宗理がデザインした三角スツール(SH400)を、モノ・モノのオンラインショップで購入できます。ー柳宗理・柳 三角スツール(SH400)(低座の椅子と暮らしの道具店)

著者の紹介

藤田光一さん

藤田光一(ふじた・こういち)

一般財団法人柳工業デザイン研究会・デザイン担当主任

1964年石川県生まれ。1988年金沢美術工芸大学産業デザイン学科工業デザイン専攻卒業後、1992年に柳工業デザイン研究会入所。柳宗理指導の下、⾷器・家具等の工業製品から、環境デザインまで幅広く⼿がける。2011年12月に柳宗理が死去した後は、同研究会のデザイン担当主任として、柳デザインの監修や柳宗理の考えを普及するべく、展覧会や出版の企画・監修、編集等に関わりながら、後進の育成に当たっている。

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