柳宗理のスツールデザイン考(後編)

日本を代表する工業デザイナーの柳宗理がデザインした3つのスツール(バタフライ、エレファント、三角スツール)。素材もフォルムも異なる3つの椅子の生まれた背景、そこに共通する柳宗理のデザイン哲学を、元側近の藤田光一さんが前編・後編の2回に分けて読み解きます。

文: 藤田光一(柳工業デザイン研究会)

柳三角スツール
座板にリノリウムを使用した「柳 三角スツール」。東京・四谷の柳工業デザイン研究会にて。(撮影:吉崎貴幸)

無垢材を使った三角スツールが生まれた背景

柳宗理が数多くデザインした椅子/スツールのなかで、エレファント・スツール、バタフライ・スツールの陰に隠れた名作があることをご存知だろうか。それは柳が80歳を過ぎた晩年の作品、「柳三角スツール」である。

柳が40歳前後のときに当時の最新技術や材料を用いてデザインした2作品(エレファントとバタフライ)とは考えや想いが違い、また見た目の印象も2作品ほど強くない。地味ともとれる、この三角スツールをデザインするに至った背景とは何だったのか。

1990年代、柳宗理デザインを海外へ紹介するべく、各界の専門家有志によって展示会が企画されていた。柳はこれまでの作品を単に並べる回顧展的なものにはしたくないと、展覧会を行うたびに必ず新作を発表・展示する。それは常に時代に即した新しいデザインを考えなければならないという、柳のデザイン姿勢だった。

ちょうどこの頃は、ダイオキシンによる環境汚染が大きな社会問題になった時代でもあった。ダイオキシンは焼却方法が悪ければ、どんなゴミからも発生する可能性がある。その後ゴミの焼却施設と焼却条件の適正化により改善が進むが、このダイオキシン問題は柳に大きな衝撃を与えた。それは自身のデザインにも影響し、樹脂を使うことに対する不安と抵抗の入り交じった感情が、エレファント・スツールに代わる木製のスツール誕生へとつながった。

柳は「私自身もごみを作っているのかもしれない」と自戒する一方、「買っては捨て、捨てては買うという虚構の豊かさ。捨てられるモノが多すぎる。身の周りを眺めても本当に役立つモノは果たしてどれだけあるのか。流行にへつらうことのない、長く使い続けることの出来るデザインをしなければならない」と消費社会へ苦言を呈した。そのような背景のなかで、三角スツールのデザインは進められたのだった。

柳三角スツールとエレファントスツール
「柳 三角スツール」(右)と「エレファント・スツール」(左)。素材も形も異なるが、どことなく似た雰囲気が漂う。

柳のこだわりがうかがえる、三角スツールの脚の構造

この三角スツールは、座面と3本の脚という最小限の要素で形作られている。シンプルゆえに座面形状と脚の取り付け(接合方法や位置)が、収納性(積み重ねやすさ)に影響を与えてしまう。その構造デザインは、スツールのイメージを決定づけることにもなり、本作の設計で柳がもっとも苦労した点である。

座枠(座面を支える木枠)の裏に穴をあけ脚を斜めに突き刺すことも考えたが、3本の脚位置を座枠より外側に広げる——つまり、三角形状の座枠角(頂点)に脚を取り付けることにより、スツール本体をずらしながら螺旋(らせん)状に積み重ねることが可能となった。ただ、3本の脚は地面に対して垂直ではなく、積み重ね具合や見た目の安定性も考慮し、わずかに外側に傾いている。そのため、仕口(脚の取り付け部分)の構造や強度、加工技術の精度がメーカーの職人には求められた。

スタッキングしやすく、見た目も美しく見せるための仕口のデザインは、メーカーにとってハードルが高かったが、柳の造形への執念と、職人の新しいことに挑戦し、諦めない姿勢とがぶつかり合いながら、互いの創意工夫で解決策を導き出していく。その結果、脚上端(頭頂)部分の一部を削って段差を設け、そこに座枠を乗せ、座枠内側からボルトで脚を引きつけながら固定・固着するという方法に行き着く。これにより荷重に充分耐えられる強度になった。

そんな柳のこだわりがうかがえる仕口部分は、職人による熟練の手技と創造により見事に表現された。三角スツールの仕口部分を「職人のアイディアと技で成功した事例」として、柳が目を細めながら語っていたことをいまでも覚えている。まさにこれこそが柳のいう創意工夫がもたらす他の椅子との違い、ではなかったか。見た目にはけっして分からない部分だが、“日常使いで使いやすいモノを”と考える柳の姿勢を具現化したものであった。

柳三角スツールの座枠
柳宗理のこだわりがうかがえるのが、座枠の部分。角張った部分や直線部分が一切なく、すべて有機的なカーブを描いている。

「柳 三角スツール」に見る、リ・デザインの新たな試み

このように細部まで検討を重ねて設計された三角スツールだったが、メーカー側の諸事情により生産中止となっていた。しかしながら発表から20年以上の時を経て、工業デザイナーの秋岡芳夫氏が設立したモノ・モノで復刻された。

復刻作業は、グループモノ・モノの家具デザイナー・笠原嘉人氏、木材の3次元加工を得意とする山上木工、柳工業デザイン研究会、3社の協働により進められた。座面の素材は元来、3種類(無垢材の座ぐり仕様、合板突板仕様、布張り仕様)あったが、復刻モデルでは座面の平らな合板突板仕様のみに絞られた。

スツールはただ座るという機能だけではなく、サイドテーブルとしても使う機会が多い。であれば、座面は平らなほうが使いやすい。これは秋岡氏の提唱していた家具を必要以上に増やさない知恵、“一椅多用(いっきたよう)”にも通じる。

また、座板を突板からリノリウム(100%自然素材の化粧板。耐水性と抗菌性を備える)に変えたモデルも新たにシリーズに加わることになった。リノリウムを使ったモデルは、座面高を一般的な食卓に合わせた高さ440mmに変更し、より使いやすい椅子へと生まれ変わった。

今回のリ・デザイン作業により、三角スツールはより機能的な家具へと進化した。三角形の座枠(ナラ材)とリノリウムの落ち着いた色合いがうまく調和することで、非常にユニークなデザインとなった。床に円を描くように並べた状態は、まるでリビングを華やかに彩る花びらのようである。

このように柳の手によるデザインの数々には、仕上げやディテールへのこだわりと使いやすくシンプルで飾らない素直さがあり、柳の思いが使い手の心に共鳴する。エレファント、バタフライ、三角スツール…。それぞれ趣の異なる3つのスツールだが、毎日の暮らしに当たり前にある安心感や、心に響いてくる温かみが共通の価値といえるかもしれない。それは柳自らが手で形づくり、その手の温もりが柔らかな形を作り出しているからに他ならない。

柳三角スツール

※リノリウムを使用した柳 三角スツール(SH440)を、モノ・モノのオンラインショップで購入できます。ー柳工業デザイン研究会・柳 三角スツール(SH440)(低座の椅子と暮らしの道具店)

著者の紹介

藤田光一さん

藤田光一(ふじた・こういち)

一般財団法人柳工業デザイン研究会・デザイン担当主任

1964年石川県生まれ。1988年金沢美術工芸大学産業デザイン学科工業デザイン専攻卒業後、1992年に柳工業デザイン研究会入所。柳宗理指導の下、⾷器・家具等の工業製品から、環境デザインまで幅広く⼿がける。2011年12月に柳宗理が死去した後は、同研究会のデザイン担当主任として、柳デザインの監修や柳宗理の考えを普及するべく、展覧会や出版の企画・監修、編集等に関わりながら、後進の育成に当たっている。

関連する記事
RELATED ARTICLES

記事の一覧へ