“椿皿”という名の銘々皿

工業デザイナーの秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。モノ・モノでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では、日本のすぐれたアノニマスデザインとして椿皿の魅力を伝えています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

椿皿
椿皿という名前の由来は、器を横から見た形が椿の花に似ているという説や器の中央にたくわんを盛りつけて、椿に見立てたという説がある。

お客用にだけ使って、三度の食事には使わない食器があります。たとえば割箸・箸置・茶托・銘々皿など。こうしたハレの食器はややもすると外見の形式にとらわれて使う機能は二の次になりがち。

たとえば割るときに斜に裂けたり、使用中に折れたりするいまどきの似て非なる割箸がそれ。呼名にもいつわりが。もともと割箸は折損することが絶対にないように目の通った板を割鉈(わりなた)を用いて目切れに留意しながら割ってつくるものでした。鋸(のこ)を使わずに鉈で割ってつくるものだったので割箸と言いましたが、いま製の割箸は形ばかりを昔に似せて機械でつくる、目切れしたものも混った箸。名が体をあらわしていないのです。

手がかりが悪くて持ちにくい茶托があります。重ねて持とうとして取落したり、重なり具合の悪かったりする茶托もまま見かけます。普段使いの道具であればもっと手がかりや重ねに工夫を加えるのでしょうけれど……。

お客に行き、羊かんを頂戴しようとして黒文字を使ったとたん、銘々皿がひっくり返りそうになって冷汗をかくことがよくあります。お客様に差し上げる羊かんを二切れか三切れ載せないとさまにならない、盛りつけしにくい銘々皿もあります。お客様の後片づけの時、重ねて運べない、片づけにくい銘々皿もあります。総じてハレの器の使用機能はケの器よりも劣るようです。使いこみが足りないからでしょう。

ここでご紹介する銘々皿は例外的に使い勝手の良い器です。「椿皿」という名前で呼ばれている古式の銘々皿で、原型は室町時代と聞いています。宮城の鳴子や福井の河和田や岩手の浄法寺で伝統の形を守っていまもつくり続けています。この椿皿には何百年間も使いこんで工夫を重ねたものに特有の、心にくいばかりの使いやすさがあります。見ただけでは判らぬ良さがかくれています。

写真の椿皿はすでに10年ほど使った使用中のもので、鳴子製。漆工グループ明漆会の朱のマークが入っています(現在は廃番)。10枚組ですが傷みは一枚もありません。堅牢な塗りです。

盛りつけやすい銘々皿です。器の内底は円く浅くくぼんでいます。そのくぼみがひきしめてくれるからでしょうか、載せた一切れの羊かんもさまになります。口径はほぼ5寸。盛りつけた羊かんがどれほど堅練りでも、力一杯黒文字を使っても、この椿皿は静かに安定しています。くぼみの円と高台の円の径を等しくつくってあるからなのです。この椿皿の高台のつくりは配慮がゆきとどいています。高台の高さは卓上の器のふちに手のかかる程度の、ほどほどの高さで、かつ菓子を高々と盛って見せるに十分な派手な高さなのです。菓子が沈みこんで見えるなみの皿と見較べて下さい。

椿皿の高台
高台が低く、径が大きいので、食卓に置いたときの安定感がある。また、重ねて収納してもかさばらない。

この椿皿、5枚重ねても片手で持つことが出来ます。内底のくぼみの径と高台の径がほぼ等しいので器同士がよくかみあい、ずれることがないからです。

内底にも工夫があります。くぼめた内底は中央部にむかってゆるやかなカーブを描いています。平底ではありません。その効用で粒状の干菓子を急いで運んでも盛りつけがくずれません。少量のむらさきを入れると、むらさきは里芋の葉のくぼみに玉になって光る露のように、椿皿の中央に盛り上るようにして集まります。皿のくぼみの形と漆の撥水性のダブル効果なのです。この椿皿は汁気のあるものを盛るのにも適しています。竹のケーキフォークを添えて洋風の菓子皿にも使えます。

この椿皿、古式のものですがデザインの優れたいまも使える器です。いいもの・ほしいものの一つです。みんなで長年使いこんで完成させたアノニマスデザインの優作と言えます。

※本文中で紹介された椿皿を現代風にリ・デザインしたものを、モノ・モノのオンラインショップで購入できます。ー「岩舘隆・5寸菓子皿」(低座の椅子と暮らしの道具店)

出典元・著作の紹介

いいもの ほしいもの

『いいもの ほしいもの』

新潮社 | 単行本 | 1984

成熟しきった工業化社会に辛うじて残っている手仕事を紹介するエッセイ集。刃物用のダイヤモンド砥石を「手作り」している大工場、ポケットナイフを「機械で手作り」している親子鍛冶、一人一人に合わせて作る身障者用の椅子……。うれしい工作はこんなにある。健全な手作りとは、工作しながらの作業だと秋岡は説く。産業ロボットには作れない、いいもの・ほしいものを全36点掲載。実物の写真も豊富で見応え十分だ。
こちらの本はAmazonで購入できます。

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※掲載箇所:「いいもの ほしいもの」 P51~55

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