塗箸には男もの、女ものがあって、長くて、色の黒いのが男箸。そして短めで赤いのが女の箸。
結婚祝いに贈る箸は夫婦(めおと)にめでたく揃えます。女が女らしい箸を、男が男っぽい箸を使うのはめでたいことだからです。女が手に合わない箸を一生我慢しつづけて使うのは、めでたくないからです。
どこの家でも、毎日使っている箸は家族全員「めいめい持ち」で、親の箸、子の箸。女房の箸、亭主の箸。姉の箸と妹の箸が、みな違います。めいめいが長さ・太さ・重さの違う箸を使っているのは? もし子供が大人の箸で食べたらご飯がおいしくないだろうし、めいめいの手になじむ手頃な長さ・重さの箸を使わないとご飯がおいしくないからなのです。
いつも中華料理のお店で思います。「このお箸、おいしくないな」「もう少し短くてもう少し軽いお箸で食べたら、どんなにおいしかろう」と。中華箸はぼくには重すぎて長すぎて使いづらいのです。
平均的に日本人の好みに合う箸の目方は? 「手頃な」箸の重量は? ほぼ20グラムです。しかし、好みなので、京大阪地方では13~15グラムが好まれ、東北地方では23~25グラムが好まれるといった、箸の好みの風土差はあります。平均20グラムの箸が日本人好みでしょう。
そして、それぞれの地方の箸には、女ものの箸と男ものの箸で2~3グラム、目方の「性別」があります。津軽地方で好んで使われている男の箸の目方は25~28グラム。女の箸は23~25グラムです。このように、どの地方でも箸は、女の箸が男ものより2~3グラム軽めなのです。
箸の目方の2~3グラムの違いを見つけるのにハカリを使う必要はありません。あなたの手を信じてください。手は箸の1~3グラムの目方の違いをやすやすと見わけてくれます。
「目方が手頃な箸」はおいしい箸ですから、毎日の食事を楽しくするために、めいめいに、手頃な目方の箸を手に聞いて見立ててください。
箸の長短も食事のおいしさを左右します。めいめいに「手頃な長さの箸」を見立てて使いたいものです。めいめいの手に合う箸の長さは、親指と人差し指を直角に広げたときの、指先の間のほぼ1.5倍の長さのものがいいようです。
箸はまた食事にも合わせる必要があるようです。いかのお刺身やそうめん用にでしたら輪島塗の乾漆箸や津軽塗の石地箸のような、「滑らない箸」が料理に合います。乾漆箸と石地箸はともに、箸の表面が粗面仕上げになっているので滑りません。
写真の塗箸は、津軽塗ですが、一膳4,000円以上もします。ふだん使いの箸になんで4,000円も、と思うでしょうが、この箸は津軽の人たちが、10年はもつように、と乾漆粉をまきつけて作ったもの。果たして10年もつかもたぬか、目下テスト中。毎日毎食使ってすでに8年目になりますが、いたみ具合は、先端の塗りがほんの少し摩耗した程度です。
10年、いたまず、しかも飽きずに使いつづけられたら、一膳4,000円の箸も1年の使用料は400円で、1日では1円とちょっと。随分安くつく箸ということになります。乾漆粉をまぶした塗りで、表面にほどほどのざらつきがありますから、里芋が上手につかめます。ラーメンもおいしく頂けます。滑らない箸はおいしいお箸なのです。
ところで、小骨の多い魚を食べるのには「先の利く箸」が必要です。先の利く箸を見立てるには、二本揃えた箸の最先端を指先でつまんでみます。つまんだときに箸の頭のほうが大きく開いたら、その箸は魚の小骨をさばけない箸です。頭の開きが小指一本ほどでしたら、先が利きます。先の利く、魚もおいしく食べられる箸なのです。
※本文中で紹介された津軽塗のお箸は、モノ・モノのオンラインショップで購入できます。ー「津軽塗・夫婦つがり箸」(低座の椅子と暮らしの道具店)
出典元・著作の紹介
『木のある生活』
TBSブリタニカ | 単行本 | 1984
文化財ではなく日常生活にある木の器や道具、住まいの作りから見えてくる日本の生活文化を考えた本。木を使い、木で作り、木を楽しんで来た日本人のエピソードが満載。秋岡芳夫が自力で建てた7坪の木造住宅。それを何度も建て増しして完成した「工房住宅」。刃物を研ぎ、槍鉋(やりがんな)を使い、竹とんぼを削る秋岡芳夫とその仲間たちの様子が実に楽しそうで、嫉妬(しっと)の念に駆られる読者がいるかもしれない。
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※掲載箇所:「木のある生活」 P64-67