「尺二」の効用

工業デザイナーの秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。モノ・モノでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では身体尺度にもとづいて生まれた道具の中でも「一尺二寸」で作られた身巾ものの合理性を説いています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

尺2のお盆
モノ・モノで備品として使用している尺二の盆。形も産地もまったく異なるが、長辺の長さは約36cmで統一されている。

ピンと立てたネコのひげは幅がそのネコの腰の幅と全く同じになる。逃げるネズミを追いかけて狭いところを通るのに、ネコのひげはアンテナになる。このすき間、通れるか通れないかを瞬間的に計るモノサシの役目をする。

人間の使う道具も、体の寸法に合わせて作ってあるものは使いやすい。むかしのお盆は日本人の腰の幅につくってあった。使いやすいのはいわゆる「尺二」(一尺二寸 = 一尺は約30センチ、一寸は約3センチ)もので、丸盆も径「尺二」。長手盆の長手で「尺二」、隅切のお膳も「尺二」の角が多かった。36センチだ。

「尺二」もののお盆やお膳を持った時の寸法は、手の寸法を加えて「尺五」(一尺5寸=約45センチ)になる。器の寸法を「尺二」に、持って運ぶときの寸法を「尺五」にしぼったのは、狭い台所や廊下で使いやすくするための工夫だろう。

京間の廊下だと通路幅は三尺ほどだから、「尺二」のお膳を持った二人が楽に行き交える勘定だ。ちなみに「尺五」は日本人の肩の幅でもある。むかしの道具だけではない。現代のものも、20本入りのビールのコンテナーの狭い方の幅は「尺二」になっている。

通勤通学用のバスや電車のシート幅は一人分が「尺二」ずつ見てある。肩をすぼめてやっと腰かけられる寸法だ。そのやっと腰掛けたシートで読めるように、タブロイド判の新聞は読んでる人間の手も加えて幅「尺二」ですむようになっている。

ふつう型の新聞を読むのには、人間の手も加えて幅「尺五」は必要。一人分のシート幅が「肩幅と同じ尺五」ずつになっている長距離列車か新幹線の中だと読みやすい。膝の上にのせたアタッシェケースでメモをとるつもりなら、アタッシェケースは幅「尺五」以下のものを買わないとだめ。新幹線のシートは肘と肘の間が45センチ幅の「尺五」のシートなのだから。

尺五もの、尺二もののような、人間の体の寸法に作ったものは使いやすい。体の寸法や体のうごきに合わせてものを作ることを、「身度尺(注)」で測って作ると言う。昔の日本の住まいは、日本人の身度尺で測って作ってあったから、住みやすかった。

むかしの畳と敷布団は日本人が寝るのに必要なほぼ三×六尺に、ふすまは敷布団を出し入れするのに合わせて布団と同寸に、いずれも日本人の体に合わせて作ってあったが、いまの建物、とくに団地サイズの住宅は日本人の身度尺を無視して建ててしまったから、押し入れのふすまの幅が狭かったりして敷布団を横むきにしないと入らなかったりする。

いまのくらしは、モノのほうを小さくしないと暮せない。狭い食卓、小さな食器、小さなお盆が必要ないま(現代)だが、敷布団までは小さくできない。身のまわりのものをもう一度、体で測り直して見る必要がある。

出典元・著作の紹介

木のある生活 つかう・つくる・たのしむ

『暮らしのためのデザイン』

新潮文庫 | 文庫本 | 1979

本書は前編「見直したいもの」と後編「考えてみたいこと」の2章からなる。前編は“身度尺”の話。かつてどの民族も手や足、腕の長さなどをものに寸法を測った。日本に古くから伝わる道具の使いやすさの秘密、身度尺による関係のデザインを写真やイラストで解説。後編は「木かスチールか、リビングダイニングの椅子やテーブル、身近にある最近の道具をちょっと考えると、ずっと快適な暮らしができますよ」という提案が中心。
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※掲載箇所:「暮らしのためのデザイン」P13-15
(注)身度尺とは、「身体尺度」「ヒューマンスケール」ともいう。物の持ちやすさ、道具の使いやすさ、住宅のすみやすさなど、その物自体の大きさや人と空間との関係を、人間の身体や身体の一部分の大きさを尺度にして考えることを指す。

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