“1100人”が誂えた汁椀

工業デザイナーの秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。モノ・モノでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では、グループモノ・モノがはじめた工芸品のオーダーメードネットワーク、「1100人の会」から生まれた越前漆器の丈夫な椀が紹介されています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

工芸品は、毎日使ってこそ工芸品。と、ぼくは、思いこんでます。滅多に使わない工芸品と、飾っておく工芸品にはまったく、興味がありません。もらいものの工芸品は気づまりですから、工芸品は自分で選んで買いたいとも思ってます。

このお椀、福井の山本英明さんが塗ってくれたもので、毎朝、家族みんなで味噌汁を楽しんでます。ふだんに、いい工芸品を使う暮しは、素敵。この椀、すでに3年ほど使いました。使った回数は約1000回。

手に入れたときにはすごく高いお椀だ! と思いました。だって、いまだったら、1万円は超すでしょう。3客でではありません。一客でです。でもいまは、安くついたと思ってます。当時一客9000円ほどでした。3年後の今日までの使用料は、一日約9円ほどですから、使い捨ての割箸一膳よりも安い勘定です。

毎日使いましたがこの椀、いまだに小ひび一つ入っていません。世間には、たった一年で、まん丸だったのが楕円に歪んだりする粗製なお椀もありますが、これはまだまん丸。それに、心なしか使い始めの頃よりも、色艶が冴えたようです。

ぼくはこの椀を15客も、自説に反して使わないで戸棚に仕舞いこんでいます。二人の息子と娘が、いずれ世帯持ちするときに、5客ずつわけてやろうと思ってなのです。たぶん下の倅(せがれ)もこの椀を、嫁さんもらって別世帯するときに、手放さずに持って行くことでしょうから、ほれこれ、お前の嫁さんとお客さんと子供たち用にと五客、いま使ってる椀に足して持たせるつもりです。

この椀、手にしっくり馴染むので家族みんなに好かれてます。ひっくり返して見るとこの椀には、高台の奥に「漆」という字が、黒地に朱く印してありますが、この印、本漆塗りですの意でもなく、また塗師英明さんの銘でもなくて、英明さんの仲間の「明漆会」のマークなのです。このマークが印してある漆器は、椀も重箱も、もし狂ったりヒビ割れたりしたら、無償で取り替えます繕いますという保証の印なのだそうですが、でもこの椀、ほんとうに繕ってくれるのか取り替えてくれるのか? まだだれも経験していないのです。

まだだれもと書きましたが、そのだれもとは? この椀を持っている「1100人の会」のめんめんのことなのですが、この1100人の会のことを少し書きましょうか。この会は8年ほど前に、「作り手100人、使い手1000人、お互いに、顔見知りになって、いいモノ創ろう、いいモノ使おう!」を合言葉に発足、工芸好きや主婦や、誂えモノも作りましょうといっている塗師・鍛冶・ロクロ師・桶(おけ)屋・仕立職・それにホームスパンしてる女の子などが集まって創った会です。全国組織で、年に一回、東京や信州など、全国各地で「創会」を開くほか、随時、顔見知り関係になろうと集会し、ミニコミ紙も発行して情報交換しています。

信州長野の善光寺さんの門前に「信濃路」という民芸店がありますが、そこの主人の横井洋一さんがこの会の面倒一切を、こまごまと見ています。この会、会員の増加をひどく恐れている妙な会で、もし会員が1100人にもふくれ上ったらどうしようか? その時は解散しようかと考えている会で、いまは会員数は400。情報で結び合ってる工芸の「情報コミュニティ」なのです。

ぼくもこの会員。使い手側の一人なのですが、この腕を塗った福井の英明さんも会員で、作り手側の有力メンバーです。この会の使い手のめんめんは、工芸品は、「誂えの利くモノ」でなくっちゃあと思いこんでますし、この会の作り手側のめんめんもまた、工芸は、「繕いの利くモノ」に限ると思っているようで……。

この椀を、ぼくは4年ほど前の1100人の会の「お椀創会」で、みんなと一緒に越前河和田の英明さんに誂えて手に入れました。ご存じでしょうが、椀の、一客十客の少量注文は不可能です。なぜなら椀木地は100客か200客まとめて挽くものですし、朱塗りも、朱と漆を練鉢に100客ぶんまとめて練って塗るのですから、とうぜん、一客十客の個人の注文は難しい。でも1100人で注文をまとめて誂えれば、こんなが椀が創れるのです。

ともあれこの腕、毎日使って飽きず、使用料は安くつき、繕いも利きそうですから、工芸品だと思います。この椀を欲しいむきは、長野の横井洋一さんに連絡してみて下さい。

※本文中で紹介されたお椀は、モノ・モノのオンラインショップで購入できます。ー「山本英明・朱汁椀」(低座の椅子と暮らしの道具店)

出典元・著作の紹介

いいもの ほしいもの

『いいもの ほしいもの』

新潮社 | 単行本 | 1984

成熟しきった工業化社会に辛うじて残っている手仕事を紹介するエッセイ集。刃物用のダイヤモンド砥石を「手作り」している大工場、ポケットナイフを「機械で手作り」している親子鍛冶、一人一人に合わせて作る身障者用の椅子……。うれしい工作はこんなにある。健全な手作りとは、工作しながらの作業だと秋岡は説く。産業ロボットには作れない、いいもの・ほしいものを全36点掲載。実物の写真も豊富で見応え十分だ。
こちらの本はAmazonでご購入できます。

※本ページの掲載記事の無断転用を禁じます。当社は出版社および著作権継承者の許可を得て掲載しています。
※横井洋一さんの店舗は現在ありません。モノ・モノのオンラインショップで購入可能です。
※掲載箇所:「いいもの ほしいもの」 P19-23

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