「オケクラフトの育ての親ー時松辰夫展ー」レポート

「オケクラフト」の育ての親である、時松辰夫氏の回顧展が5月8日(土)から7月19日(月)まで北海道常呂郡置戸町の「どま工房」で開催されました。本展を企画した、どま工房主任研究員の那珂琴絵さんに企画展の趣旨や展示内容についてレポートしていただきました。

「オケクラフトの育ての親・時松辰夫展」

オケクラフトの育ての親、時松辰夫

2021年(令和3年)1月。オケクラフトの育ての親である時松辰夫氏が83歳でご逝去されました。時松氏は、オケクラフトの生みの親である工業デザイナー、秋岡芳夫氏とともに、誕生からおよそ40年となるオケクラフトの歴史を作り上げていただいた立役者でもあります。

時松氏の活動は置戸町に限らず、北海道から沖縄まで全国各地におよび、木工を通したまちづくりに深く関わってこられました。置戸町も例外にもれず、秋岡・時松両氏との出会いによって、まちづくりの新たな一歩を歩んできました。

オケクラフト誕生の背景

1983年(昭和58年)5月。秋岡氏の紹介により置戸町へ初めて訪れた時松氏は、町民にとっては当たり前すぎて価値のなかった木材から、木工旋盤(当時、置戸町には木工ろくろはなく旋盤を使用しました)を用いて花瓶などを作り上げ町民を驚かせました。魔法のようなその技術に触発され、2ヶ月後の7月には時松氏による木工ろくろ講座が開設され、多くの町民がその技術を学びました。これがオケクラフト誕生の原点となります。

今回の展示では、置戸町で実践された様々な研究や伝えられた技術、モノづくりに関わる知識・思いといった作り手と近い関係でオケクラフトを支えていただいた時松氏の活動について伝えることを前提としながらも、時松氏がどのような思いで置戸町と関わり、新たな技術を生み出してきたのか、置戸町のまちづくりについてどのように考えていたのか、どのようにしてオケクラフトが今日まで続く木工品として成長していったのか、その背景を少しでも知っていただく機会になればとの思いもありました。

ありがたいことに、「オケクラフト」の名前を知っていただき、求めてくださる方も誕生当初に比べ増えてきましたが、歴史的な背景も含めてオケクラフトの魅力であるとの思いから、願わくば「まちづくりはひとづくり」を掲げ、社会教育の町の生産教育という観点から始まったオケクラフトの歴史を伝えられたらと考えました。

「オケクラフトの育ての親・時松辰夫展」
写真手前の花瓶は、時松辰夫氏が置戸町に来て最初に手がけた作品。材料はエンジュを使用。

時松辰夫氏から教わったこと

 

オケクラフト誕生から40年あまり、現在26名の作り手が生産活動を行っています。時松氏には多くのことを教わってきましたが、普段の生活の中で交わされる雑談の中にモノづくりへの考え方や取り組む姿勢が含まれていることも多く、映像や書面に残されている資料は数少ない状況でした。当時の関係者からのお話や歴史として残る活動を振り返り、照らし合わせていくことで展示を形作っていくことができたように思います。

本展の展示品の大部分を占めるオケクラフトのプロトタイプ(試作品)は、現在のオケクラフトの基本形となるもので、当時の様々な挑戦が見られる貴重な資料となっています。「どんな木も生かす」「どんな木も平等」「デザインは自然が教えてくれる」など、欠点を欠点とせず有効活用する活かし方、そのための研究と挑戦、その地域だからこそ生まれるデザインの開発など、その成果の全てが今のオケクラフトを作り上げたといっても過言ではありません。

展示品にはそうしたプロトタイプのほかに、時松氏直筆のラフスケッチや図面、製作に使用される木型、刃物の鍛造や木工ろくろの扱い方など、木工を生業にしている方、これから木工を目指そうとしている方にぜひ一度ご覧いただきたい資料を集めました。

「オケクラフトの育ての親・時松辰夫展」
時松氏がオケクラフトの量産用に制作した木工ろくろ用の木型。
「オケクラフトの育ての親・時松辰夫展」
時松氏が制作した木型で作られた実際の食器類。地域材であるエゾマツを使用。

オケクラフトを次の世代へ伝えるために

どま工房は置戸町教育委員会所管の施設であり、「山村文化資源保存伝習施設」という正式名称をもちます。本来は、町民の方にご利用いただき、人と人、人とモノ、モノとモノをつなぎ、文化・技術・情報・人を結ぶ場としての「土間」がもつ機能を大切に、交流を図る目的として使用される他、秋岡芳夫氏から寄贈いただいた1万8千点におよぶ「日本の手仕事道具・秋岡コレクション」の収蔵基地としての役割を持ちます。

今回は、オケクラフトと秋岡コレクションの関係性を知っていただきたい思いもありましたが、なにより時松氏のことを置戸町に今暮らす多くの方に知っていただきたいとの思いから企画させていただきました。時松氏は置戸町にとって、そしてオケクラフトにとっての立役者。生みの親である秋岡氏とともに時松氏についても紹介をしたいと特別展として開催しました。

本展の開催にあたり、秋岡・時松両氏とともに、オケクラフトを、そして置戸町を当時、盛り上げようとした関係者の方々にお話を伺いました。お話は尽きることなく数時間に及ぶことも。また、本展開館中に来館される関係者の方からも、当時を懐かしむ声をお聞きしています。すでに完成されたオケクラフトから出会った私にとって、誕生当初の試行錯誤や今では当たり前となった技術の意味を教えていただけること、このようなお話を伺える方に直接お会いできることは大変貴重であり、これからも変化し続けていくためには、こういった思いや歴史を今後も伝え残していかなければならないと改めて感じたところです。

緊急事態宣言の発令・解除を経ての再開催。このような状況下でお越しいただくことが難しいことから、今回はレポートという形でお伝えをさせていただきました。開催に際してご協力いただいた関係者の皆さまに心より感謝申し上げます。

どま工房
会場となる「どま工房」は、地元のコミュニティースペースとして秋岡芳夫が構想、デザインも手がけた。

著者プロフィール

那珂琴絵

那珂琴絵(なか・ことえ)

どま工房主任研究員

北海道江別市出身。札幌市立高等専門学校専攻科修了後、旭川技専にて木材加工を主に学ぶ。2013年にどま工房の3代目主任研究員に就任。「日本の手仕事道具 秋岡コレクション」の研究・分析と、活用するための企画立案・運営を行う。

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