村の中学校の木の給食器

工業デザイナーの秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。モノ・モノでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では、岩手県・洋野町の保育園や小中学校の一部で長年使われている、木製の給食用食器の誕生ストーリーが書かれています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

オリジナル・お食い初めセット
本文中の小久慈焼の飯椀は製造中止のため、現在はトチの木で作った椀に変更されています。

えっ! これが? でもこれは、まぎれもない学校給食器。街の学校ではありません。これは岩手の村の中学校の給食器なのです。昭和57年9月から使いはじめたばかりのものなのですが……。

椀も皿も本ものの木で、松と欅(けやき)。連続3時間、80度の高温消毒に耐える、ポリウレタン系プレポリマー含浸処理なので、取扱いが楽でしかも丈夫だと、村の給食センターでもなかなかに好評。器の表面に塗料を塗った木の器と違って、この木の器は剥げる心配がありません。

この給食器、買ったものではありません。村で創ったのです。そして使った木は、よその木ではなくて、村の木を使いました。村が村に誂えて創りました。

発注者は岩手県九戸郡大野村(現・洋野町)の教育委員会。生産者は村の「裏作工芸グループ」。グループの面々の床屋、出稼ぎ大工、トンネル工事工、農家、観光土産品を作っている小さな工場の人達が、本業のかたわら裏作で作りました。

この裏作工芸グループは数年来、大野を工芸品“も”創れる村(工芸コミュニティー)にしようと、木工ロクロなどの勉強(工芸技術導入)を続けて来ました。3年間、トヨ夕財団の社会福祉部門の研究助成もうけました。助成をうけた研究テーマは「東北農山村の冬に『裏作工芸』を導入することでコミュニティ機能の回復と増幅を図る実践的研究」といいます。

このグループの一人、床屋の権谷さんは、男達が出稼ぎに行く季節になると開店休業の状態が続き、困っていました。人生と家業につくづくいやけがさしていました。

毎年シーズンになると大野では千何百人もの男達が村から出稼ぎに出て行ってしまうのです。すると床屋の客は激減するのです。

そんな時に床屋の店に木工ロクロの機械を据えておいて木のクラフトを創ったら……と思いたった権谷さんは製材・木取り・乾燥・ロクロ挽き・塗装技術などを、村が臨時開校した木工芸教室に丸2年通って身につけました。

村の木工芸教室で工芸を教えたのは東北工業大学の第三生産技術研究室の先生達で、主任の時松辰夫先生は村に住み込んでみんなに木工を、手をとって教えました。

出稼ぎ大工の佐々木さんもこの教室の卒業生です。トンネル工事工の大内田さんもこの教室でロクロをマスターしました。出稼ぎの土工の安藤さんもここでロクロを覚え、今では熟練工。民芸品づくりの三本木木工で仕事をしていた農家の人達(男8名、女3名)も木工芸教室で塗装や樹脂強化の技術を覚えました。

権谷さんや佐々木さん達がこの木工芸教室で2年間に学んだ木工技術とデザインは、小径木から深いボウルなどを木取る半割丸太挽きの技術でした。はんの木や栗や松などの工芸未利用資源から工芸品を創り出すデザインでした。狂いやすい楡(にれ)等をプレポリマーで処理をして狂わない器にする技術も教わりました。

この学校給食器セットには素晴らしいデザインの箸置きが加えてあります。犬めしだと評判の悪かった従来の皿料理と先割れスプーンを廃止して、箸と椀と皿の組合わせにもどしたこのセットには、バターを容(い)れる事も出来る木の箸置きが附属しています。学校給食の箸は喧嘩の凶器に早変りする、危険だから廃止と言う学校もあるそうですが、丁寧に箸置きに置いて、生徒をお客さま扱いにすれば凶器には使うまい、というのが大野村の考え方です。給食セットに箸置きを加えた理由なのです。

煮物やパンを容れる楕円と丸型の木皿は、大野村の松の木を使い、清潔な感じの白木に仕上げてあります。樹脂処理なのでソースのしみなどは残りませんが、カレー料理に使うと黄色に染まってしまいます。ですのでカレー料理は濃く着色した木のお椀に盛ることにしました。

ご飯などを盛る焼物の碗は、隣の町の人達に協力生産してもらいました。大野の近くに久慈(くじ)と言う町があります。古くから小久慈焼のあったところです。この茶碗はその小久慈焼の人達が焼いてくれました。

この給食器、村のお母さん達にも欲しがられています。家で使いたい。子供達の食器にしたいと。

要望に応えて村の役場が仲立ちして村のお母さんにも、そして全国のどなたにでも、お分けすることになりました。

※本文中で紹介された食器の幼児用セットをモノ・モノのオンラインショップで購入できます。ー「オリジナル・お食い初めセット」(低座の椅子と暮らしの道具店)

出典元・著作の紹介

いいもの ほしいもの

『いいもの ほしいもの』

新潮社 | 単行本 | 1984

成熟しきった工業化社会に辛うじて残っている手仕事を紹介するエッセイ集。刃物用のダイヤモンド砥石を「手作り」している大工場、ポケットナイフを「機械で手作り」している親子鍛冶、一人一人に合わせて作る身障者用の椅子……。うれしい工作はこんなにある。健全な手作りとは、工作しながらの作業だと秋岡は説く。産業ロボットには作れない、いいもの・ほしいものを全36点掲載。実物の写真も豊富で見応え十分だ。
こちらの本はAmazonで購入できます。

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※掲載箇所:「いいもの ほしいもの」 P173〜177

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