あぐらのかける椅子(現・あぐらのかける男の椅子)

工業デザイナーの秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。モノ・モノでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では、秋岡芳夫デザインの「あぐらのかける男の椅子」の誕生ストーリーが書かれています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

あぐらのかける男の椅子
秋岡芳夫デザインの「あぐらのかける男の椅子」。旭川市工芸指導所(現・旭川市工芸センター)との共同開発で生まれた。

昼間事務所で使う椅子は人間工学のチェックリストで設計してあるので、背筋をしゃんと伸ばした正座でワープロを叩くと効果てきめん。椅子の座・背がうまくぼくらの体を支えてくれて、手・指が軽々とうごく。事務の能率があがる。 でも、一日中ワープロしていると、タ方、がっくり疲れる。なぜなんだろう。

「疲れて当りまえ」と、医者・医学の見解だと人間が同じ姿勢を保っていられる限度はせいぜい1時間どまりだという。ちょいちょい座る姿勢を変えながらなら一日中キーボードを叩いても疲れないはずだが、疲れてしまうのは現行の事務椅子では作業姿勢を変えにくいからだろう。

「疲れる」というのが新幹線の椅子の定評? だがこれも前記の医学的見解で説明できる。東京⇆大阪間の3時間ぐらいで疲れるのは、ずっと正面向きの同じ姿で座り続けるからだ。横向きに座ったり、リクライニング座りしたり、あぐらをかいたりしながら乗っていれば、3時間くらいで疲れる筈がない。

昼間、ぼくらは「くたびれ人間」になる。ワープロや新幹線の椅子で疲れて、椅子のせいばかりじゃあないんだが、とにかくくたびれ果てて家に帰って来る。

昔のくたびれ人間たちはわが家に帰るや、畳の部屋でゴロッと横になったりあぐらをかいてラジオを聴いたりしてくつろいでいたんだが、いまのわが家は椅子式。あぐらのかける畳の部屋は少なくなった。

あぐらやごろ寝をソファーでやってるむきも多いけれど、冬のソファーのゴロ寝はまあまあだが、夏は駄目。ふかふかのクッションが体にまとわりついて暑苦しい。それにソファーは場所を食って2~3LDK向きじゃあない。

あぐらもかけて、居眠りも快適に出来る小椅子は無いものか。家具売場を散々探し歩いたが見当らなかったのでぼくは「あぐらのかける椅子」を自作することにした。出来上ったのが写真の椅子だが、自作したといっても自分で鉋(かんな)をかけて、布地を張って創ったわけじゃあない。知り合いのクラフトマンに製作をオーダーした。

席を、あぐらがかけるようにうんと広く、巾70センチにとオーダーした。背もたれは、低目にして腰を第三腰椎の辺でうしろから押してくれるようにとオーダーした。座面の高さはぐんと低めの、市販の食堂椅子よりも靴のかかとぶん脚を短く、低い椅子にしてと頼んだ。

この椅子、使い始めて4年目ほどになるが大いに気に入っていて一人にやにやあぐらの掛け心地を楽しんでいる。この椅子だと昼間の疲れがとれる。色々のポーズで腰掛けられるからだろう。二つ並べてゴロリ横になるなどお行儀の悪い座り方にぴったり。昼間お行儀よくワープロしたり旅をしたりした結果の疲れは、家でゆっくりあぐらでもかかなきゃとれないぼくなのである。

※本文中で紹介された椅子は、モノ・モノのオンラインショップで購入できます。ー「秋岡芳夫・あぐらのかける男の椅子」(低座の椅子と暮らしの道具店)

出典:『クラフトNOWー遊び心の周辺』1988年1月号 

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