女性に向かない座の高さ
あなたの椅子は素足ないしスリッパ用の寸法になっているでしょうか?
女性の場合、街からスラックス、ハイヒールでわが家に帰り玄関で靴を脱いだら、スラックスの裾は忠臣蔵、殿中松の廊下の内匠頭の長袴のように床を引きずります。これと似たことですが、街のレストランでたいそう掛心地の良かった椅子をわが家に持ち込んで素足で腰掛けたら? ハイヒールのかかとぶんだけ足が浮きます。ぼくら男性の場合、街の椅子と家の椅子の寸法をさして変える必要はありません。靴のヒールが低いからです。でもハイヒール常用の女性の場合は絶対に素足用の座の低い椅子が自宅では必要なはず。
「素足の女性用の椅子」が市販されているでしょうか。街で市販のダイニングチェアーの座面高を測ってみました。高さ43~45センチの土足用、街用のものが圧倒的多数でした。ついでに北欧から輸入したダイニングチェアーを測ってみましたら、座の高さは45~47センチでした。
日本女性の平均身長と下腿肢から割り出すと素足の日本女性向きのダイニングチェアーの座面高は38センチが適当なのですが、市販のものはこの値より数センチ高く、あきらかにこれは男性用で、しかも土足用です。なぜ素足の女性向きのダイニングチェアーが少ないのでしょうか?
以前ぼくの家では北欧製のダイニングチェアーも使っていましたが、使う前に4本の脚を7センチずつ切りつめ座面高を38センチに低めてから使いました。家内や娘の使いやすい座の高さにしたのです。土足用を素足用に、外人用を日本人用に、男ものを女ものにするのに7センチも切りつめました。
市販のリビングダイニングセットの椅子の寸法も測ってみましたら、これには素足の女性に向いたものがたくさんありました。38~41センチのものが見つかりました。リビングダイニングセットは数年前から市販されるようになった多目的家具で、寸法もスタイルも食事、テレビ、くつろぎ、お茶など、いろいろに工夫してあります。椅子の寸法は座が広めでゆったりとしていて「一椅多用」です。
DK、LDKは現代の茶の間ですが、この現代の茶の間にはテレビだのサイドボードだの、道具の置きすぎの傾向がありますが、せめて椅子とテーブルぐらいは一器多用にしたい。手狭な10帖、12帖のDK、LDKに専用のダイニングセットとリビングセットを2組も置くのは不都合です。リビングダイニングセット1組で広く住みたいところです。
理想の椅子は女寸法
たんねんに街を探すとリビングにもダイニングにも使える椅子が見つかります。20年前にぼくが街で見かけた椅子(トヨさんの椅子)はまさに一椅多用ですてきな椅子です。
座の高さは36センチ。もちろんこれは素足用の高さです。どちらかといえば女性向きの低めですが、でもこの椅子の高さは男にも不都合なく座れます。よく大は小を兼ねるといいますが、椅子の座の高さは低を兼ねません。男寸法の椅子に女は座れませんが、低は高を兼ねます。低目の女の椅子に男は十分座れるのです。家庭用の椅子の座高はぜひ女寸法にしたいものです。
この椅子の座の幅は60センチです。横幅がこのくらいたっぷりですと男は椅子の上であぐらがかけます。女はあぐらをかかないでしょうから、こんな横幅は無用かもしれません。でもこの寸法なら子供と2人がけも可能なのです。
座の奥行は、50センチ。あぐらをかく男にはぜひ欲しい座の深さです。でもこの座の奥行は小柄な女性用には少し深すぎます。正座したときに背が背もたれに届きません。もう5センチ浅いほうがいいと思います。
背もたれの座面からの高さは40センチです。一般のものに比べてかなり低めです。でも低めなので横座り、斜め座りしたときに背もたれが肘かけになり快適です。
この20年来ぼくの家族が愛用している椅子にほぼ近い寸法の、座面高36、座幅55~60、座の奥行45、背もたれの高さ36センチの椅子なら、きっと男女兼用のすてきなリビングダイニングチェアーになるでしょう。
ちなみにぼくの家のこの椅子(注・トヨさんの椅子)には肘かけがついていません。肘なしですからあぐらがかけるのです。横、斜め座りも可能なのです。2~3脚並べてソファーがわりにゴロ寝もできます。もし肘がついていたら? あぐらも横座りもゴロ寝も不可能でしょう。家具の歴史によれば椅子の肘はローマ時代に年寄りのために工夫されたものだと言います。足腰が弱って手の力を借りないと椅子から立ち上がれない老人のために肘をつけ加えたのだそうです。肘はもともと休息用のものではなかったようです。
ところで椅子による休息とは? 畳の上での休息姿勢はなんと言ってもゴロ寝が一番ですが、椅子にはどう掛ければ休息になるのでしょうか。寝椅子、ソファーではゴロ寝に似た休息姿勢がとれますが、リビング兼用の小椅子の場合、どんな姿勢で腰掛けたら体が休まるのでしょうか。
椅子の上でひんぱんに姿勢を変えること、正面向きに座ったり斜めに座ったり、足を組んだり投げ出したり、あぐらをかいたり正座したり。つまり、ひんぱんと姿勢を変えることが休息につながります。「新幹線の椅子は疲れる!」と悪評なのは、正面を向いたままで何時間も座っていなければならないからです。姿勢を変えられないからです。正座からゴロ寝あぐらかきまで、お行儀悪くいろいろなポーズで座れる椅子こそ休まる椅子なのです。正面向きにしか座れない肘の付いた椅子は疲れる椅子です。
休息、軽作業、食事に兼用できる椅子、リビングダイニングチェアーの具備すべき要件は、まず素足やスリッパ向きに低めであること。座が広くていろいろな姿勢で座れること。ハイバックでないこと。肘がないこと、となります。
もう一度あなたが現在使っているダイニングチェアーの寸法を測ってみてください。座面高が45センチを超えていたら、それは日本人向きの椅子ではありません。43センチ以上だったら、それは街用の椅子です。41センチ以上だったら小柄女性には不向きな男性用のダイニングチェアーなのです。
折を見て男性用を女性用に、土足用を素足スリッパ用に、専用を万能用に、外人向きを日本人向きに買い改めてください。
出典元・著作の紹介
『木のある生活 つかう・つくる・たのしむ』
TBSブリタニカ | 単行本 | 1984
文化財ではなく日常生活にある木の器や道具、住まいの作りから見えてくる日本の生活文化を考えた本。木を使い、木で作り、木を楽しんで来た日本人のエピソードが満載。秋岡芳夫が自力で建てた7坪の木造住宅。それを何度も建て増しして完成した「工房住宅」。刃物を研ぎ、槍鉋(やりがんな)を使い、竹とんぼを削る秋岡芳夫とその仲間たちの様子が実に楽しそうで、嫉妬(しっと)の念に駆られる読者がいるかもしれない。
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※掲載箇所:「木のある生活 つかう・つくる・たのしむ」 P33-38)