「一机多用」のテーブル〜部屋を広く使う工夫〜

モノ・モノ創設者の秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。本コーナーでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では一室多用に使える茶の間にヒントを得た、「一机多用」のテーブルを提案しています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

一机多用
イラスト:『くらしの絵本3 身体にあわせたくらし』(1978年・グループモノ・モノ)より

一室多用の暮らしこそ

日本人は、ついこの間まで一部屋をいろいろに使いわけて暮らしていました。一室多用に暮らしていました。茶の間が一室多用の部屋でした。それは台所つづきの畳を敷いた6~8帖の決して広いとはいえない部屋でしたが、けっこう広々と使えました。

明治末から大正・昭和の初めになりますと、もう畳をたたむことはしませんでしたが、畳の伝統のたたむ知恵を活用していろいろな道具をたたんで暮らしていました。食事どきになると台所に積み上げてあった、めいめいの箱膳を茶の間に運んでくればそこは立派な食堂になりました(明治・大正)。

大正と昭和の初め頃の食卓は丸い座卓で、名前を飯台とかちゃぶ台とか言っていましたが、あれは脚がたためました。食事が済むと脚を折りたたんで部屋のすみに片づけてしまいます。すると茶の間はもとのように広々とするのです。

茶の間は食事が済むと裁縫部屋に早替りしました。そこにくけ台とへら台をひろげて着物を縫ったのです。くけ台も折畳式でした。へら台は屏風のように折畳むと押入にさっと片づけられました。

知り合いが遊びに来たら、「あら、いらっしゃい。お茶でも飲まない!」と裁縫道具を横に片づけて押入から座布団を出すと、茶の間は文字どおりの茶の間に早替り。座布団は押入に5人分でも10人分でも場所をとらずにしまえました。椅子だとそうはいきません。

お膳を出すまでもありません。親しい連中と飲むお茶ならティーテーブルは不要。お盆で間に合いました。お盆は棚にも片づけられる和式のティーテーブルでした。「今晩泊まってこうかしら」と親戚の娘がそう言い出したら、「どうぞここで」と押入から夜具を出して敷くとこんどは茶の間が寝室に早替り。こんなふうに昔の茶の間はみごとに一室多用でした。

畳のたたむ伝統を応用したたためるお膳や、 たためる裁縫道具や、手軽にしまえる座布団や夜具や、持ち運びの軽便な箱膳や茶盆のはたらきに助けられて、昔の畳の部屋は食堂、裁縫室、客間、寝室と早替り。まさに一室多用でした。

今のLDK。リビングとダイニングとキッチンを兼ねる一部屋ですから、さしづめ現代版の茶の間といったところ。一室で居間、食堂、台所を兼ねるねらいは、昔の茶の間そのままですけれど、さて部屋の中に置いてある家具にどれだけたたむ伝統が活かされているでしょうか。せいぜい一、二脚の折畳椅子とバタフライ型のダイニングテーブルがたためるぐらいで、あとの家具はぜんぶ折畳めません。いつもそんな家具が部屋を占領していて、手狭なのが今のLDKなのです。

一室多用の知恵で一机多用に暮らす

でも今は、食後にLDKのダイニングセットをそのつどたたんで片づけるのも大変です。やっかいなたたむ工夫より、むしろ一机多用に工夫し直してみたらどうでしょう。

一部屋を茶の間、仕事部屋(裁縫)、食堂と使い分けた昔の一室多用の知恵をテーブルに応用し、一机多用な食事、裁縫、読書、お茶、そして仲間とゆっくり一杯やるのにも便利なテーブルに、その高さを工夫し直したらどうでしょう。うまく工夫した一机多用のテーブル一つだけで暮らせば、LDKは広々とした一室多用の部屋に機能するかもしれません。

一つのテーブルでお茶も楽しみたい、親しい仲間とゆっくり一杯もやりたい、そして食事を家族そろって楽しくやろうと、そう思うなら、テーブルの脚を短くしたらいいんです。

今市販されているティーテーブルの高さは50センチほど。ダイニングテーブルは70センチです。

お茶、お酒、ご飯兼用のテーブルなら、高さを市販のティーテーブルとダイニングの中間の63センチにすればそれだけでいい。そんな中途半端なことでと疑うむきは、ぜひ一度試してみてください。高さ63センチの食卓で、座の高さは38センチと低めな椅子で一度食事をしてみませんか。お茶、お酒はもちろんのこと、三度の食事もたいそう具合がいいこと、絶対請合いです。椅子とテーブルの高さの差が25センチだと、口と食器の距離は今市販されているダイニングセットより5センチほど遠くなって、一見食事がしにくそうですが、実はその反対で食べやすくなるのです。私たち日本人は世界でも珍しい、食器を手に持って食事をする習慣のある民族です。大昔から食器を手に持って、低いお膳で食事をしつづけてきました。

そのせいか私たちは低い食卓でも上手に食事ができるのです。いやそれどころか低いテーブルだからこそ鍋料理も楽しいので、もし洋風の高いテーブルだとコンロの上にのせた鍋の中身が見えないことにもなるのです。低いテーブルこそ和食にピッタリなのです。

テーブルが高さ60か65センチで、椅子が35か40センチだと、食事の後片づけの済んだテーブルで、こんどは椅子に腰掛けたままでアイロン掛けもやれるのです。

椅子とテーブルの高さを工夫し直しただけで、このようにワンテーブルが一机多用になるのです。そんな一机多用のテーブルを置くことで、LDKはワンルームで一室多用に使えて広々とするのです。ティーテーブルや応接セットがなくなって部屋は使いやすくなるのです。テーブルと椅子を低くすると見た目にも部屋が広々とするのです。

一個でもいい、部屋から家具を取除く。取除くためにまずダイニングテーブルを一机多用に工夫し直す。そうすることが日本の住まいの伝統を受けつぐことになると私は思っているのです。

出典元・著作の紹介

住―すまう 日本人のくらし

『木のある生活 つかう・つくる・たのしむ』

TBSブリタニカ | 単行本 | 1984

文化財ではなく日常生活にある木の器や道具、住まいの作りから見えてくる日本の生活文化を考えた本。木を使い、木で作り、木を楽しんで来た日本人のエピソードが満載。秋岡芳夫が自力で建てた7坪の木造住宅。それを何度も建て増しして完成した「工房住宅」。刃物を研ぎ、槍鉋(やりがんな)を使い、竹とんぼを削る秋岡芳夫とその仲間たちの様子が実に楽しそうで、嫉妬(しっと)の念に駆られる読者がいるかもしれない。。
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※掲載箇所:「木のある生活 つかう・つくる・たのしむ」 p28)

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