「ジャンボな椅子で食事を」

モノ・モノ創設者の秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。本コーナーでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では「一椅(いっき)多用に使える椅子の条件」について、さまざまな乗り物の座席サイズを例に考察されています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

トヨさんの椅子
豊口克平デザインの「トヨさんの椅子」。モノ・モノで取扱中。

むかしの茶の間は食事をしたりくつろいだり、ときには寝る部屋にも使えて、「一室多用」でした。

いまのLDKも一室多用型で、キッチンユニットと冷蔵庫、食器戸棚とダイニングセット、テレビとリビングセットが置いてあって現代版の茶の間なのですが、さて、部屋を家具・道具に占領されてかんじんの人間さまが小さくなって暮らしちゃあいませんか。

いまのLDKの家具の数、多すぎます。一つでもいいから減らして広々と住みましょう。まずテーブル。ダイニング用とリビング用とをわけないで一つで兼用しましょう。高さが61―63センチの大き目のテーブルなら「一机多用」。食事・団らん・お客・一杯・書きもの、すべてが一つで間に合います。

そのテーブルに高さを合わせて、座面高38センチ前後で、肘がなくて座のクッションが硬目の椅子を選べば、この椅子も「一椅多用」。リビングにもダイニングにも兼用できます。この一机多用なテーブルと一椅多用な椅子を組み合わせて使うことで、部屋がぐんと広くなります。またいままで通りにくかった椅子のうしろがらくらく通れるようにもなるのです。

一椅多様に使う椅子の座は思いきり広いのがいい。「座布団ぐらいないとゆっくり腰かけてられないよ」と、十数年大きな椅子でくらしてきた経験から、ぼくは椅子を買う相談に来た人に教えています。「バーのカウンターの腰掛けみたいなんじゃあなくて、ご飯も大きな椅子でたべた方がおいしいんだ」と。

昼間ぼくたちはとても忙しい。満員電車で通勤し、会社でちょこまかと働いて、その間ずっと「小さな椅子」に腰掛けずくめ。あの小さな椅子は疲れます。

ですから夜、家にいる時ぐらい「大きな椅子」でゆっくりした一刻をすごしたい。食事を体を休ませながらいただきたい。夜は、昼間のような小さな椅子には坐りたくありません。

ところで、バスと新幹線とジャンボとではシート幅が違います。なぜでしょう。バス・通勤電車のシートは狭い。設計の基準は輸送効率を考慮してぎりぎりに狭くして一人分36センチ。新幹線や長距離列車の座席幅は一人分が45センチ基準。ジャンボのファーストクラスのシート幅はゆったりして60センチです。

こうした各種乗り物の座席幅の違いはどこから来るのでしょうか。人間の体の各部寸法が基になっています。バス・通勤電車のシート幅(一人前)はぼくらの腰の幅の平均値の36センチから来ているのです。長距離列車のシート幅の45センチは日本人の肩幅の平均寸法です。

「すみません」と満員電車の席にお尻から割り込んで来る乗客を見かけますが、坐ったあとの恰好を思い出してください。ご当人も両隣の二人も肩をすぼめてます。そうなんです。割り込んでやっと坐れる寸法腰の幅= 36センチ=肩をすぼめなければ坐れない寸法なんです。

その尻から割りこんだ席でさっそく新聞を拡げるはた迷惑な客をよく見かけます。新聞一頁の幅を計って見てください。40センチです。ですから新聞一頁を読むのに必要な寸法は持っている掌までいれると50センチ。36センチの座席からはみだしちゃいます。通勤電車の中で二つ折りにしないで新聞を読むのははた迷惑と言うことになります。ただしタブロイド判ならOK。あれは拡げて読んでいる掌までいれても一頁分で35センチ。あのての夕刊ははなっから通勤用に企画され、満員のバス・電車でも読めるように小ぶりになっているのです。

長距離列車や新幹線でならふつうの新聞がはた迷惑なしに読めます。新幹線のシートの幅は肘と肘の間で45センチ。肘まで入れると一人分の座席幅は50センチありますから、肩をすぼめないでも新聞の一頁が読めます。

ついでに書いておきますが、新幹線の座席で膝にのせたアタッシェケースを机がわりにメモをとりとりビジネス旅行をしたいむきに一言注意。中型のアタッシェで乗り込んでください。タブロイド判の新聞より大きいアタッシェは、肘につかえて膝の上にのりません。

も一つついでに。通勤電車の膝の上のアタッシェは、中型のものでも横にしてのせてください。幅が肩幅近くあって隣の人の邪魔になりますから。膝にまっ直ぐにのせていいのは学生カバン。

話をもとにもどしましょう。……と言うわけでバス・通勤電車のシートは「やっと坐れる」ぎりぎり寸法になってます。新幹線・長距離列車はお隣さんと「肩がふれ合わない」程度の座幅に、すべてこれ輸送上の都合で狭め狭めにしてあるんですが、輸送される側の都合から言えば、長距離列車の座席は55センチは欲しい。

人間、長い時間同じ姿勢で坐っていると、どんなにクッションのいい椅子でも疲れます。時々横にむいたり足を組み直したり体を斜めにしたり、またもとのように真っ直ぐに坐り直したり、年中体をうごかして坐っていないと疲れるんです。新幹線なみの、お隣さんとあわや肩がぶつかりそうな狭い座席だと、体のうごかしようがない。

座幅の、休息に必要な寸法は50-60センチです。座幅36-45センチの、言わば非休息寸法型座席のバス・電車・列車に乗っているとき、ぼくらは一刻も早く下りたいと思って腰掛けています。隣の席に気がねして小さな紙面の新聞を見たり膝の上のカバンを横にしたりして、肩をすぼめて、小さくなって乗ってるんです。

会社を終え、電車に乗り、バスに乗りついでやっと帰りついたわが家。出張の長旅からたどりついたわが家の椅子がもし、食事をしようと思って坐った椅子が通勤電車なみの小さな腰掛けだったり、テレビでもゆっくりみようと思って腰を下ろした肘付き椅子が新幹線なみだったら? 疲れがとれません。

わが家に帰ったときぐらい、ジャンボのファーストクラスなみの椅子で食事もしたいしテレビも見たい。

シート面が座布団ぐらいあれば、くつろげます。肘なし椅子なら上であぐらもかけてファーストクラスの客よりももっとくつろげます。

わが家で十数年愛用している一椅多用の椅子の座面を紹介しておきましょう。奥行45センチ。座幅58センチでむかしの座布団なみです。デザイナー豊口克平の傑作と言われている肘なしの椅子です。座面高は37センチとかなり低めです。一椅多用に使ってます。食事を家族そろってこの大きな椅子でやっています。おふくろはこの椅子の上にちょこんと坐り、ぼくはあぐらをかき、のっぽのせがれどもは足を前の方に長々とのばして……。

出典元・著作の紹介

暮らしのためのデザイン

『暮らしのためのデザイン』

新潮社 | 文庫本 | 1979

本書は前編「見直したいもの」と後編「考えてみたいこと」の2章からなる。前編は“身度尺”の話。かつてどの民族も手や足、腕の長さなどを基に寸法を測った。日本に古くから伝わる道具の使いやすさの秘密、身度尺による関係のデザインを写真やイラストで解説。後編は「木かスチールか、リビングダイニングの椅子やテーブル、身近にある最近の道具をちょっと考えると、ずっと快適な暮らしができますよ」という提案が中心。
こちらの本はAmazonでご購入できます。

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※現在モノ・モノで販売しているテーブルの高さは61cm、椅子の座面高は37cmを基準としています。

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