「いっそテーブルの下に足をつっこむのをあきらめて、大昔の箱膳・会席膳の食事のように思い切って低くして見ようか? あの箱膳や会席膳は低かった。高さ12センチのものは高い方で、折敷やらくるみ脚のお膳は、床べったりで、言わば差尺ゼロの食卓だったが、あれもよかった。あれ式の差尺15センチほどの食卓で食事をして見たらどんな具合だろうか。小鉢・向づけに盛った料理が見下ろせて、さぞ食卓の景色がよくなるんじゃあないんでしょうか。食卓じゅうどの器にも、気持ちよく手が届いてけっこう使いやすいかも知れません。なべ料理も楽しめそうです。
マホー瓶のふたに書いてある例の湯が出る出ないの表示、差尺30センチの食卓だと立ちあがらないと見えないんですが、25センチなら開く閉まるの記号が上から見えてくるでしょう。ぼくの家ではかなり以前からシチュー、そば、そうめんを大きな椀でたべていますから困らないけれど、皿盛りにしたカレーやシチューはきっとたべにくいでしょう。うちでは四川流の豆腐料理も手に持つ器で、日本的に食べているんですから、いかように食卓が低かろうと一向にかまわないんですが、でもやっぱり出前のラーメンはたべにくそう」
「夕飯ぐらいはゆっくり、出来ることなら2時間ぐらいかけて、夫婦でワインでものみながら、あるいは家中みんなでテーブルクックをしながら、時にはテレビの映画劇場など見ながらでもいいじゃないですか。卓上には小さなコンロ一つ置いてたたみいわしを焼いたり、ぎんなんをいったり、子供たちとピッザ焼きながらもいいでしょう。本をよみながら、だべって、たべて、そんなゆっくりゆっくりの食事をしたいな。そんな時の椅子はいまのこれ、豊口デザインのこれに限る。この椅子にゆっくり座って、さてテーブルをどこまで低くしようかしら。
ためしに3つあるテーブルのうち一つの高さを3センチほど切りつめて、わが家のくらしとの馴染み具合をテスト中ですが、夜、女房とのさしむかいの一杯をやって見たんですが、はなはだよろしい。気分が出る。ひる、やって来た2、3人仲間と囲んでだべって見たら、たいそう気楽な話がはずんだんです。そしていま、斜にかまえた恰好に椅子を引きよせ、こうして原稿の下書きをしているんですが、これ又なかなか。この高さはいい。こんどの休みにほかのテーブルの脚もきりそろえてしまおうか」
「でもこの高さ58センチの食卓、低すぎてたぶんよそのお宅では使いものになりますまい。やっぱりスープはお皿とスプーンに限るのよ。そうおっしゃるお宅のテーブルと、ポタージュもお椀でやってるわが家のと同じ高さですみますまい。洋風食事のお宅と和風の食事のぼくのうちとで、食卓が違って当然だと思うんですが………」
「ところで今年のお正月、どっかのテレビが“マイホームにマイルームなし”と、うまい新作いろはガルタの一句を放送してましたが、まさにいまの日本の住宅事情を言いあてて妙。ローンでやっと手に入れたわが家、住んで見たらお隣さんと同じ間取り、同じ作りで画一的。亭主のマイルームもない狭さ。貧しい。マの字のカルタがマイルームなしなら、せめて住んだ人間、暮らしの知恵をしぼってタの字のカルタを「建売買ったらマイファニチュア」と詠みたいところ。せめて個性的な家具で暮らすことで住まいの画一化から脱出せずば。出来合いの家具が不具合だったら、買った食卓が高いなと思ったら、ズバリ脚を切りとばすぐらいでないと」と。
以上のお話、せんだってある主婦のあつまりで「暮らしのリ・デザイン」と題してしゃべったことなのです。「その食卓が、たとえ有名デザイナーの作品でもかまうことはない。たべなれた食事、使いなれた自分の食器に合わせて4本の脚をちょん切りなさい。ちょん切って、既製品の食卓をわが家の食卓に改造しましょう」とハッパをかけ、「自分の暮らしを自分でデザインするめざめたユーザーになりましょう」と結んでおきました。
出典元・著作の紹介
創ーつくる 日本人のくらし
玉川大学出版部 | 単行本 | 1977
書名が「すまい」ではなく「すまう」となっていることからわかるように、住宅ではなく、暮らし方の諸問題をあつかった本である。根底にあるメッセージは、同じシリーズの『木——しらき』と共通する。加えて秋岡芳夫の他の著書ではほとんど触れられていない「灯り」の話、流行色とは関係ない、日本人の肌になじむ色彩の話などがあり、インテリア選びや服飾品の色選びにも本書が役立ちそうだ。
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※現在モノ・モノで販売しているテーブルの高さは61cm、椅子の座面高は37cmを基準としています。
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