「暮らしのデザイナーはあなたです」

モノ・モノ創設者の秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。本コーナーでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では「身体のサイズにあわせて、自宅のテーブルや椅子の脚をノコギリでカットしよう」という大胆な提案がなされています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

トヨさんの椅子
豊口克平デザインの「トヨさんの椅子」と高さ61cmのテーブルの組み合わせ

「こんにちは。きょうは買いたての家具の脚をちょんぎる話です」

 

「ぼくは、お店で買った椅子・テーブルが配達されると、すぐ鋸(のこぎり)をとり出すんです。なぜ鋸を? そうなんです。脚を切りつめるためなんです。大変失礼だなとは思ったんですが、有名な剣持勇デザインの椅子も、買ったその日のうちに切りつめさせてもらいました。ぼくの体に合わせて切っちまったんです。もう10年以上使ってますが、この椅子、今日もぼくの愛用する椅子の一つになってます」

 

「ところで出来あいの食堂の椅子・テーブル。座も甲板もどうしてあんなに高いんでしょうか。買って来たままの食堂の椅子テーブルは、まだすそあげをしていないスラックスとおんなじでとても使いにくい。脚が長目に出来ているのをさいわい、ぼくは店から届いたらすぐ鋸を持出して椅子テーブルのすそあげをやるのです。女房が針と糸で出来合いのスラックスのすそあげをしてくれるように、ぼくはわが家の食の家風に合わせて食堂家具のすそあげをするのです。

北欧製のきれいな食卓セットを購入した時にも、ためらいなく脚を、テーブルは12センチ、椅子は7センチ切りつめましたら、格好は多少妙になりましたが、おかげさまで部屋はまことにひろびろとした感じになりました。そして、ちょいちょいわが家にご飯を食べにやってくる親戚のチビ助の女の子の可愛い脚も床にとどくようになりました。

椅子の脚を7センチ切りつめたのは、まえからこの部屋で使ってた椅子ーこの椅子だけはまだぼくは一度も手をつけていません。脚も切りつめていません。この椅子、誂えたようで素敵。ご存じの豊口克平さんのデザインですが。 家族みんなが好いているこの椅子の高さに、新規購入の椅子を切りそろえたと言うわけなんです。

豊口さんのこの椅子は、まことに不思議な雰囲気を持っていて、食卓で使うと妙にご飯がおいしくて、話もはずみ、ついつい食事の時間が長びくのです。読書、書きものにも具合がよく、テレビを見るのにも素敵な椅子だもんですから、食堂のほかに、居間にも書斎にも置いています。ですからおじいちゃんが、さあ正月がやって来たぞ、ことしも恒例の孫よせをやろうよ。てなことになっても15人ぐらいの会食にはことかかない。あっちこっちの部屋の椅子を寄せあつめると、孫よせパーティーの席がさっと出来あがる。椅子がそろえば妙なもんで気分も揃うんです。椅子だけじゃあなくてぼくの家ではどの部屋のテーブルも同じ高さにそろえてあるんで、新規購入の北欧出来のテーブルもそろえて12センチ切りつめました」

 

「テーブルは12センチ、椅子は7センチと、それぞれ違う長さを切り落としたんですからその結果、椅子とテーブルの差尺は既製のものより5センチつまった勘定です。当然のことながら切った5センチぶんだけスープのスプーンを使うのには不具合になりました。スープ皿と口が遠くなってしまったんです。そのかわりにいいことがありました。おじいちゃんの着物の袖がよごれなくなったんです。高いテーブルだと遠くの食べ物に手を伸ばすときどうしても袖が汚れます。いまのぼくの家の食卓は、テーブルが高さ61センチ、椅子36センチですからその差尺は25センチ。差尺が少ないんでテーブルの下でゆっくり足を組んだり、組んだ足で貧乏ゆすりをしたりは出来ません」

 

「ふりかえって見ると、ぼくの家の食事の椅子とテーブルの高さは、買い換えたり作りかえるたびに低目低目に変わりつづけて来ました。戦後になって永年使いなれた座る食卓、ちゃぶ台の食事を止めて腰掛ける食事に変えた時のテーブルは、進駐軍の払い下げのもので間に合わせたんですが、高さが76センチもあってなんとも馴染めませんでした。いま思えばあれは靴をはいて食事をするためのテーブルだったんですから日本人、日本食、日本の住まいに合うわけがない。その高すぎた食卓にこりて2つ目のは一挙に10センチほど低くめの65センチに自作しましたが、それでもまだ高い感じだったので少しづつきりつめながら使いました。

 

3つ目に自作したいまのは椅子に合わせてまえのよりさらに低い61センチにしましたら、やっと具合のいいわが家の食卓になりました。過去20数年間の間にしめて15センチほどわが家の食卓は低くなった勘定です。差尺も30センチから25センチにと少なくしましたから、ぼくの家ではよそよりも食器を5センチ顔から遠くして食事をしていることになります。この差尺の25センチを、冬になるといつも、もう5センチほど縮めようかなと想うんです。季節もののナベ料理のとき、スキ焼のとき、なんとなくナベが高い感じなんですね。ホットプレートもののときにもまだすこしだけどテーブルが高いなと思うんです」

関連する記事
RELATED ARTICLES

記事の一覧へ