「かき鍋とダイニング」

モノ・モノ創設者の秋岡芳夫は、暮らしや木工に関する多数の著作を残しています。本コーナーでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では「食卓の適切な高さ」について、日本人の食事様式の観点から考察されています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

テーブルの高さと椅子の座の高さの差を「差尺」といいます。スープをお皿とスプーンでいただく西欧式の食事なら、ダイニングセットの差尺は30センチがいいとされています。でも、差尺が30センチもあると鍋料理の中が見えません。もう5センチ少ないと鍋料理が楽しめるし、向う付けの中も見えるんですか……でも家具売場をいくら探しても差尺25センチの、和食・和食むきのダイニングセットは見当たらないのです。

家具売場にはソファーや低い布張りの椅子と低目のテーブルを組合わせた、いわゆる応接セットというのを売っていますがこのセットは差尺がほとんどありません。ですからあの応接セットでお客さまに食事を出してごらんなさい。おそばも駄目、洋食も駄目。紅茶かコーヒーぐらいしか飲めません。朝のテレビに出演したGパンの若い主婦もいってました。ティーテーブルの上に箱膳を置けばちょうどいい酒席になるんです……と。

差尺の問題は別にするとしても、あまり低すぎるテーブルも用途が限られて使いづらいしまた高すぎても使いづらい。応接セットのティーテーブルとダイニングセットの食卓の中間ぐらいのテーブルが、案外日本人の暮らしに合うのではないでしょうか。

「これからの日本のLDK用のテーブル」は西欧直輸入のダイニングテーブルやティーテーブルではなくてこれからのLDK中心の生活にマッチした「ワンルームのワンテーブル」が是非欲しい。LDKのまんなかに1つ、どっかと据えて、そこで食事、テレビ、アイロンがけ、そしてお客さまも出来る。そんな万能のテーブルが欲しいと思いませんか。

差尺は25〜27センチがいいと思います。テーブルの高さは61〜65センチが適当でしょう。椅子の座は36〜38センチの低い目の方がいいでしょう。ぼくの家族の団らんはワンルームで、そのワンルームのワンテーブルは北欧からの輸入品の食堂家具の脚を切りつめたもので、テーブルの脚は12センチ、椅子の脚は7センチ切りつめました。

なぜ椅子の脚を切りつめたかですって? 答えはこうです。彼等は靴をはいて食事をします。脚のすねも長い。北欧人とぼくの家族の靴とすねの差尺が他ならぬぼくが切りつめた7センチなのです。

考えて見たら靴を履いて食事する国の食卓と、脱いで食事をする習慣のぼくらの国の食卓や食堂椅子が、全く同じ高さであっていいはずがありません。でもなぜ高すぎる椅子テーブルが売れてるんでしょう? もしかしたら家具を買う時にハイヒールを履いたまま掛け心地をためして買う女性がいるんじゃあないかしら。

出典元・著作の紹介

住ー住まう 日本人のくらし

住ー住まう 日本人のくらし

玉川大学出版部 | 単行本 | 1977

この本には、いまはやりのクリエイティビティーやオリジナリティーといった言葉も、クリエイターという職業も登場しない。「創るとは人間の営みすべての中にある行為」だからだ。漬物も、包丁研ぎも、棚つり仕事も、かつては家庭にあった生活技術。そのすべてを企業とプロに引き渡してしまったのが現代。だから暮らしがつまらない。秋岡芳夫は主張する、「楽しい創を取り戻せ、ホモ・ファーベル(工作人間)よ!」と。
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※現在モノ・モノで販売しているテーブルの高さは61cm、椅子の座面高は37cmを基準としています。

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