いいモノのいい案は夜つくられる
よなよなの物好きの集りは、もうかれこれ2年ほども続いたろうか。なにをやらかしたか、確かな記録ものこっていないからしかとは解らぬが、よなよな昼間と反対のことばっかりやったことはたしかだ。
集まれといわないのに集まって来たり、集まると、集まったときぐらいうまい物食べようやと、自前でビフテキを喰っては財布の底をはたき、店屋モンの出前の器が気に入らぬといってはわざわざ好みの器に盛りかえて喰って見たり。こりゃうまいと一同舌つづみを打つところを見ると、ふだんはビフテキも食わず、店屋モンの盛りかえなどもやっとらんのに相違なく、どうせのむならいい湯呑といい急須で、どうせ飲むなら本もののクリスタルのタンブラーでなどと、買いあつめたり持ち寄ったりのいい器ばかりでの飲み食い。
調子づいて少しやりすぎたらしく、気がついたらいい器の買いすぎに集めすぎ。そんなら家にもち帰って昼間も使おうやと衆議一決。昼間、家で使っていたら近所のおばさんや事務所の若いモンが、お宅だけずるいわ、ボスだけいい器使ってズルイよ。私にも、おれたちにもと、あっちこっちから注文が殺到。
そんならまとめて産地に注文しやしょうと、流通系の男がいい、どうせたのむなら、ここんところをこう直してから注文しようよとクラフト系の男が欲を出し、竹、ガラス、鉄、焼物、漆の物などを次から次へと注文。ついでに販売までやっちまえと、昼間は、近頃の流通屋はなっちょらん、まじめな生産者の敵だなどといっていながら、夜はマジメな顔をして物を売る工夫の話。
この物好きグループの面々、世でいうID(インダストリアルデザイン)が多いのに、夜になると世でいうクラフトものをデザインしたりなどして、IDとクラフトデザインの壁をぶち破ったぞとか、グループエゴイズムからの脱出だなどと怪気炎をあげる。夜と昼とは昔から逆である。ゆえに夜は昼と逆のことを考え昼間やらぬことをやらねばならぬ。ヒルはかせぎ夜は遊ぶ。また楽しからずやと一同心よくくらい、よく飲み、よくしゃべる。
ある日のある晩、茶のみ話の勢いで、この茶碗この茶托この茶瓶この茶盆、まこと結構な揃いのもの、よくぞ合わせたよくぞ揃えたとちょっとおだてておいてから、ところで湯をつぐこのマホー瓶、なんじゃこの形この色そしてこのでっかさ!この揃いの茶器に合わぬことおびただしい。IDさん、なにしちょるとクラフト系からイチャモンがついた。
なるほどなるほど、じゃ一丁みんなでやっか、と例によって例のごとく黒板デザイン。案だけはものの30分ほどでまあまあのものができ上る。この辺の案でメーカーに交渉してみるか? 2,000本まとまれば大阪のメーカーで引受けるところがあるよとID系から情報があると、2,000本つくって、ティーセットを2,000セットこしらえて高級贈答品がいけるかもと、流通系の男から案が飛び出す。
組み合わせてデザインしよう!
日をあらため、夜をあらため、あつまってまたあつまって、小さなマホ-瓶のプロジェクトがつづく。小さなマホ-瓶と可愛いいティーカップとティーポットとティースプーンづくりのプロジェクトがつづく。「組み合わせてみよう」、「組み合わせてデザインしよう」、「物と物との関係をデザインしよう」、「湯わかしとポットの関係のデザインから始めよう」、「関係のデザインを、いろんな人間があつまってつくったチームでやろう」、「関係のデザインは関係者全部でやろう」、「IDとクラフトとでIDものとクラフトものを一緒に組んだデザインをやろう」、「流通マンと設計屋とデザイナーのチームで仲よくいいものづくりをやろう」Fなどと、いろんなティーポットやティーカップや急須や湯呑をならべて見ながらガヤガヤガヤガヤ。
モデルをつくり、写真をとり、いろいろと組んでみてはそれをスライドにつくり、焼物屋にもそれを見せ、マホ-瓶の業者にもそれを見せ、洋食器のメーカーの親爺にも、こんなわけだからぜひいいスプーンを試作してみてくれとたのみ、このスライドを贈答品屋に見せて、どうだいい案だろう、やらないかと持ちかけようと一人がいえば、そんならおれは雑誌に記事をかこう。今のマホ-瓶は狂っちょる。マホ-瓶はかくかくしかじかであるべきだと紙面でみんなに訴えようという奴もでてきて、こりゃいい案だからクラフトコーナーの連中に見せて、ほらこんな風にいいものばかりでセットされたクラフトコーナーにしませんかと提案してみようとだれかがまたいう。
でもティースプーンとマホー瓶はクラフトものじゃない、工業製品だからクラフトコーナーにおくのは駄目だと断られるかも、と一人が心配していうと、昼間みたいな、かたいこといっちゃいかんよ。クラフトコーナーの偉いのがそんなこといったら、“あなた方はマホ-瓶もティースプーンもなしで、どうやって紅茶をのんでるのですか?っていってやりゃいいんだ。”
みんなの口が悪いのは、夜だからである。みんなで一杯のみながらきわめて気楽にやっているからである。でも、夜中になってもまだマジメなのがいてこういった。 クラフトとは人間が心をこめてつくった物なのだ。クラフトの売場はつくった者の心を売るべき場所なのだ。材料や工法にこだわっていたら心をこめたものなんか……と、あんまり勢いこんで演説がかって行きづまったら、もう一人のマジメなのが、これからのクラフト売場の売物は生活ですよ。いい生活ですよ。いい道具で組立てるいいくらしを売らなくっちゃ。茶も楽しくのむいい生活を売るべきですよ。 まあいいじゃない、理屈もいいが、いい茶器に合ういいポットを早くつくろうよ。メーカーサイドじゃ絶対思いつかないような素敵なポットを作ろうよ。気楽に行こうぜ!脱グループプロジェクト万才だと、ちょっと飲みすぎたのがつぶやいた。
使いすてないくらしのすすめ展
雑誌にかいた文章がアピールしたのか、それとも100枚もつくった“組み合わせて考えよう、組み合わせてデザインしよう、組み合わせてつくり、組み合わせて売ろう!”というスライドをもってあっちこっちをまわって歩いた電気紙芝居の弁士がうまかったのかそれはわからないが、いや、運が良かったのだという説、夜の発想がうけたのさ、などと諸説ふんぶんとして、わけのほどはわからないが、とにかく、ある畑違いのメーカーでわれわれの夜のグループの提案したポット計画を生産に移すことに話がまとまった。
思えば、物好きどもの夜の茶会の席で、IDさんしっかりしてよこのマホ-瓶何さ!のイチャモンに端を発し、2,000本自主生産、自分たちと仲間の使い料をのこして、あとは贈答品かなんかで処理しちまえとなり、ポットメーカーや陶器のメーカーやスプーンのメーカーなどに見せたり、贈答品メーカーが客から注文をとるときにも使えるようにと、いささか大金を投じて作ったスライドが縁でだろう、数万本作って市販することに相成った。
この話にはオマケがついている。くだんのスライドを見せたクラフトコーナーで、こんな風にクラフトものやIDものをならべて見せて組んで売る展覧会もぜひということになり、IDのやるクラフト展も一興だろうと、それに応じて物好きどもが会を開き客を招じて見たら結構な入り。評判もなかなか、売れ行きは上々。会場のパネルや案内文に、
一言でいえば物を捨てないくらしのすすめ いい物を長く使うことのすすめ 買わされる人間から買う人間になることのすすめ 道具の使い方をあれこれ工夫してくらす知慧のあるくらしのすすめ 昔のように、作り手にあれこれ注文をつけて、気に入ったものをもとめる欲を、もう一度とりもどしましょうということのすすめ いいものはいいと納得してくらす、ほんとうのくらしのすすめ 消費者をやめて愛用者にもどろう! モノ・モノ
モノ・モノとは、モノ好きなモノ同志がよなよな集まっては、いろんなモノを持寄って、組み合わせて見ては、モノとモノの関係のデザインを論じ合い、今どきのモノだけじゃなく、古いモノでも民芸モノでも、いいモノはいいんだといいながら、モノを考える立場のモノと、モノを作る側のモノと、売る仕事をしているモノたちが、よりよい相談してほんモノをつくろう!いいモノをつくろう!といっているうちに、いつとはなしに決った名前。自主プロジェクトのチームの名前。プロジェクトチームだから仕事が終ったら解散するのが建前だ。
解散しても、名前とマークはのこしたい。また別のテーマでプロジェクトをするとき、違ったメンバーでプロジェクトするときも、同じ名前、同じマークでやろう。この名前に托されたわれわれ夜のプロジェクターの願い、<モノとモノとの関係を、脱グループのモノたちのエゴイズムなしの発想やデザインや製作でやろう!>というこの考え方は、マークとともにずっとのこしたい。
あきらめぐらしをやめてみんなで力をあわせて、ほんとうの暮しを建て直そう。買わされる人間から買う人間になろう!物を大事にするくらしにもどらないと、もうじきわれわれの地球は駄目になる!などなどと、パネルをつくり、文字に書き、スライドを映し口で唱えすぎたから、われわれのプロジェクトは次から次へとふえるばかり、当分解散どころではないらしい。
そんなことやっていてお前ら食えるのかと、心配してくれるむきも多いが、食えるか食えないかは心配ご無用に願いたい。なんせ昼間かせいでの夜のプロジェクトなのだから、よなよな結構うまいものを食いながらやってますと、申し上げておく。
出典:『工芸ニュース』Vol.39-No.5・1972年・工業技術院産業工芸試験所編集・丸善発行
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