「提案ー関係のデザインを、会議デザインシステムで」

モノ・モノの前身となった「104会議室」について、秋岡芳夫が1971年にデザイン誌『工芸ニュース』に寄稿した原稿のアーカイブ。「デザイナーの提案活動の無駄を省くためにも、デザイナーの主催する会議室を持とう」という提案のもと、生産的な会議のあり方が詳細に検討されています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

メゾンリラ
モノ・モノが入居しているマンション。1964年の東京オリンピックの年に竣工した。

≪なぜ?私は会議室を……≫

これまで、20年ほどの年月をかけて私が工業デザイナーとしてやってきたことといえば、それは人びとの生活に役立ちそうだと私が思う物をつぎからつぎへと夜も昼も創案しつづけ、その案をうまく整えては、工業製品を製造している企業に提案してみることだけだったと思う。幸いにその提案が企業に採用された場合は、引続いて細かな工夫をさらに凝らし、工法にも注文をつけてみたり、形態や色彩や文字などについても、図面や、モデルや、絵や、サンプルなどを使ってデザイン指定を行ってきた。

創案と提案と指定業務、この3つがデザイナーの仕事として私が今までやってきたことだった。すべての提案を、川の流れにたとえるならば、物づくりの流れの水源に相当すると私が考えたメーカーの企画部や、開発設計部にむけて行ってきた。企画部のたてる企画案の中に、われわれのよしとするデザインデーターを投入しておけば、あとは近代の高度に発達した生産のラインがうまく作動してくれて、その末端からは、われわれの考えた通りの製品が続々と、半ば自動的にアウトプットし、それらの製品群は四通八達の近代的な流通のパイプラインの中を、まことにスムーズに流れてわれわれの期待した通りのユーザーの手に渡る……と信じていたからである。

私どもの手がけた商品の中には、たしかにそのようにうまく製品化され(幸運にも!)うまく流通のパイプに流れたものもいくつかはあったけれど、しかし、いままでの経験上の数字でいうならば、われわれの創案の80%は事前に、あるいは提案後に没になり、その提案のおよそ60%は採用されることなく、買い取られては破棄されてしまった。そして指定したデザインワークのその20%は、設計上の、あるいは製造の場、あるいは営業部門での都合により、一方的に変更されてしまった。

これはまさに頭脳労働の浪費以外の何ものでもない……と考えた私は、デザイン事務所の経営や企業とのチームワークの中で、このアイデアやデザインワークのロスを減らす方法をいろいろと模索し続けた。依頼会社の主催する企画会議に出席をしてみるとか、素案会議(営業マン、設計者、開発部員、社内社外デザイナーが同席しての原案づくり)の提唱とか、設計者とデザイナーが同席して行なうアイデアづくりとか……しかしこれらの試みは、あまり長続きすることなく次々と消えていった。それはいかなる有意義な開発会議の結論も、企業内では上層部の経営上の決定には優先できないという現状のせいなのであった。

では、現代の生産機構の中でのデザイナーの役割りはしょせん、デザインに関する決定権すら与えられていない、単なる提案業に過ぎないのだろうか?

自分のデザイン意図を、自分の創案や指定の業務とをうまく生産に結びつけようとした一部の仲間は、大企業の中にデザインセクションを築き上げることで、デザインを組織の中にうまく組込むことでそのロスを軽減した。フリーにデザイナーのある者は、先生業をかねることで自己のデザイン提案を側面から権威づけ、案をうまく生産のラインに乗せようとした。文章をうまく書けたりデザイン論で筆の立つ男は、記事や本を書くことで自分の案に客観性をもたせた。ある男は企業主を説得する技術を身につけることでデザインを押しすすめようとした。またある男は、自らメーカーになることで心ゆくまで物造りを楽しもうと考えた。またある男は、メーカーのエンジニアと酒をくみ交わしながら、一緒に仲良く発想し、一緒に図面を描くことで提案を生産に直結させようと努力した。

だが、こうしたデザイナーが提案をなんとか量産試作にまで持ちこもうとする努力も、一瞬にして水泡に帰することも多かった。特に中小メーカーとデザイナーが開発した新製品の見本は、問屋の関門で通常取引を拒絶されたり、見込生産量を減らされたり、あるいは一部変更を命ぜられることがあるからである。中小メーカーの一つの特色は、自主的な流通機構を持っていないことである。現状では流通サイドの決定権の方が、メーカーサイドのそれよりもはるかに強いのである。

もし私が今後も引続き提案者としてデザインをつづけようとするならば、創案や提案にとりかかる前に、流通サイドの決定権の持主の意向を微に入り細に亘り聞き出す作業をまず完了しておかなければならない。同様に、メーカーの社長の希望も、設計部長の素案も細大もらさず知っておかねばならぬ。でき得れば、問屋の仕入れ部長とメーカーの社長と開発部長同席の上で、これから造ろうとする製品のイメージを話し合ってもらわねばならぬ。それをよく聞いて、できたらその場でデザイナーとしての見解をなるべく具体的に提示して、その上で、あらためて創案、提案、指定の業務にとりかかる。こうすれば提案のロスも、金型の無駄も、そして何よりも忙しい人生の手持ち時間を有効に生かせるのではないだろうか?

デザイナーの提案活動の無駄を省くためにも、デザイナーの主催する会議室を持とう。会議室の設備をうんと工夫して、デザイナーの主催する会議ならではの機能を備えよう。会議室を使っての会議によるデザインをデザインしてみよう……と。こうして私のささやかなこころみは発足した。1969年の初夏であった。

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