オケクラフト・作り手リレー連載(4)高田純枝

2018年6月1日から約2週間にわたってモノ・モノで開催される「オケクラフト展 in Tokyo」。イベント開催に先立ち、作り手の紹介をリレー形式で行います。4回目は札幌市から置戸町へ移住し、エゾマツを使った弁当箱を製作する高田純江さんが担当しています。

文: 高田純枝(木工職人)

高田さんのお弁当箱
北海道産のエゾマツで作る曲げ輪の弁当箱。完成するまで約3年の歳月を要した。

旅先で出会ったオケクラフトにひとめぼれして一念発起

私が木工の仕事を志すようになったのは、北海道の小樽に旅したときにふと立ち寄ったギャラリーで手にした、オケクラフトの白い木の器がきっかけです。その器を見てから「こんな器をいつか作りたい」という思いが日に日に大きくなっていきました。

いろいろと調べて、オケクラフト作り手養成塾という制度があることはわかりましたが、その時は残念ながら募集をしていませんでした。しかし、あきらめきれず、募集が再開されないか、ホームページにて毎日チェックしていました。翌年、研修生募集再開の案内を見たときは、チャンスはいましかないと思い、当時小学4年生の息子と1年生の娘に相談して、札幌から置戸町に移住し、オケクラフトを学ぶ決意を固めました。

そして2011年6月、北海道の生まれ故郷の札幌から置戸町に引っ越しました。養成塾には2年間通い、時松先生や先輩たちからオケクラフトの歴史や職人としての心構えを学びました。卒業後は町営の共同工房を借りて1年製作を行い、2014年4月に「工房夕花野」の屋号で独立しました。器ではなく、曲げ輪の仕事を選んだのは町内に作り手が途絶えてしまったためで、町役場の依頼もあって引き受けることにしました。

高田さんの工房
工房は自宅の3軒隣にある。廃業した割り箸工場を譲り受けた。

エゾマツを使った曲げ物の技術は独学。商品化まで3年の歳月を要した

曲げ輪の入れ物は、プラスチック製品が普及する以前は日用品として全国各地で作られていました。現在では工芸品と見なされがちですが、曲げ輪の弁当箱は白米のおいしさが保たれ、軽量で持ち運びがしやすいといった実用品としての利点があります。

一般的にはスギやヒノキなどの薄板を曲げて作られることが多いのですが、北海道ではスギやヒノキは育たないので、地元でとれるエゾマツで作っています。エゾマツはスギやヒノキのように柔軟性がないため、曲げ物の材料にするのは難しく、最初にはじめたころは何度やっても折れてしまいました。試行錯誤して、なんとか曲げられるようになりましたが、製品レベルまでなかなか到達することができず、エゾマツより先に、私の心が折れ曲がりそうになりました。

以前は町内や隣の北見市に曲げ輪の職人がいたそうですが、私が置戸町に来たときにはすでに廃業されており、教えてもらうできませんでした。地元の図書館で木工の専門書を調べたり、インターネットで情報を集めたりして、ほぼ独学でエゾマツの曲げ加工を習得しました。曲げ輪の製作研究は研修生になってすぐにはじめましたが、人前に出せる品物を作れるようになったのは独立から1年たってからでした。

エゾマツで作る弁当箱の魅力は、なんといっても木肌の白さです。「こんなに白いと汚れが目立つのでは?」と心配される方が多いのですが、ツヤ消しのウレタンで仕上げてあるので、初心者の方や忙しい方でも気軽に使っていただけます。フタの縁が直角ではなく、ゆるやかにカーブにしているのも特徴です。このデザインは時松先生にアドバイスしていただきました。「女性らしいやさしい形ですね」と評判です。

今回の東京展には残念ながらアテンドすることができませんが、エゾマツの弁当箱の全ラインナップと、その端材で作成したカトラリーも展示しています。ぜひごらんください。

工房の様子
工房にて撮影。曲げ輪の接合部を接着剤で固定する作業の様子。

著者の紹介

高田さん

高田純枝(たかだすみえ)

木工職人・工房夕花野代表

1976年北海道札幌市出身。北海道女子短期大学卒業後、オーストラリアで1年間ホームステイを経験。帰国後、印刷関連の会社に就職。結婚退職後、2児を出産。2011年にオケクラフト作り手養成塾の研修生となるため、置戸町に一家で移住。2014年に工房夕花野を設立。エゾマツを使った曲げ輪の弁当箱を中心に製作する。

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