木工の現場では作業の特性上、注意が必要な場面があります。どんな仕事でも大なり小なり身体に何かしらの影響はあるものだと思いますが、木工の世界は個人事業主も多く、ケガをすると生活に直接響きますから、安全面にはみなさんも気をつけいらっしゃると思います。
私は木工の研修生時代、師匠から「自分の身を守ることを常に考えなさい」と何度も注意を受けました。そそっかしい私は突き指をしたり、機械にぶつかったり、転んだり、工房を一日中駆け回っていたこともあって生傷が絶えませんでした。そこで今回は私が「木工の現場で特に気をつけよう!」とつねづね思っていることを3つ紹介させていだきます。
注意ポイント(1)帯鋸を使った木取り
思い通りの形に木を切るために、帯鋸なくして作業は、はじまりません。木を切る、木取りはすべての仕事のスタートです。しかし、正直いってこの作業は怖い! 帯鋸の刃が高速で回り出すと、今でも冷や汗をかきます。冷や汗をかきながら木取りします。鋸刃にヒビがないか、動作音に異常はないか、神経を集中して作業をします。怖い気持ちがなくなり慣れてしまうと事故を起こすと教わったので、帯鋸を使うときは気を引き締めて機械に向かいます。しかし、おもしろいもので木取り作業が順調に進んでいくと、帯鋸と一体になったような錯覚を起こし楽しくなってくるので不思議なものです。
最も注意が必要なのは、鋸刃が前後に揺れ始めたときです。刃が切れはじめているので、そのまま使用していると、鋸刃がはじけて切れて反動で刃が曲がってしまいます。はじけて切れる前に前後に揺れ始めたら、早めに修理に出すようにしています。そうすると刃全体を傷めないですむからです。そのことを怠ったばかりに、私はたくさんの刃をダメにしてしまいました。
私が使っている工作機械のなかでは、帯鋸が一番注意したい道具だと感じていますが、帯鋸以外にも木工では多くの種類の機械を使い、それによってケガをしたとよく聞きます。本当に事故は避けたいものです。
注意ポイント(2)木の粉じん対策
私は研修所を卒業する際に、師匠から「光と風を味方につけなさい」といわれました。その言葉がいつも私の頭にあります。木を加工する際の粉じん処理は、木工所ではいろいろな対策がとられています。私は職人なので、「木の塵を吸って病気になるなら本望だ」という覚悟はできています。しかし、責任もって仕事を続けることを考えると、集塵機や換気システムなどの空調環境は最も気をつかい、安全な環境にする必要があります。例えばベルトサンダー作業では、集塵ボックスで塵を集め、常に風通しのよい室内環境になるよう工夫しています。
注意ポイント(3) 塗装室の換気
私は「木固めエース普及会」で販売している木器専用のウレタン塗料(食品衛生法の基準に適合)のみを使用しています。ウレタン塗料はシンナー成分が揮発する性質があります。そのため作り手としては、木の粉塵と同じくらい空調に気を配る必要があります。
さてここからは、先述した「風を味方につける」ことについて、私自身の失敗談を交えながら、ふだん工房でどんなことに注意しているのか、説明しましょう。あくまでこれは私の工房の場合です。空調設備についてはいろんな方が様々な工夫をされているので、一例としてご理解ください。
ウレタン塗料は空気より重く下に落ちる特性があります。私の工房の場合、塗装室の空気の入り口は道路に面した窓になります。空気の排気口は換気扇です。本来の空気の流れは、以下の図1のようになります。
ところが工房の設計時、私は大きな判断ミスをしてしまいました。空気を外に出すための換気扇を塗装室の天井付近に設置してしまったのです。以下の図2が私の工房の空気の流れです。
工房を開設して初めて塗装作業を行ったとき、スプレーガンから出た塗料の霧が室内を滞流していることに気づきました。これは完全な失敗です。研修生時代の塗装室は、いつも一方向にゆるやかな風が流れていたので、滞流することはなかったのです。
風は塗装室の上から下のほうへ流れます。ところが気化した塗料は空気より重いため床のほうに向かいます。したがって、私の工房の場合、換気扇は塗装室の床の近くに配置するべきなのです。換気扇を上部に付けてしまったので、塗料が滞流してしまうのです。
図3は、塗装室を俯瞰して見た場合の空気の流れです。
空気が一定方向へ流れているのがわかります。塗装研修中は、自分の顔の前にいつも新鮮な空気が流れることを意識しながら自分の体の位置を決めなさい、と繰り返し注意を受けました。図4は立ち位置が悪い場合を示したものです。
このケースでは、風の流れを人間が遮断しています。空気の入口と出口は完璧だったとしても、自分の前面で塗料が滞流してしまうので、気化した塗料を吸ってしまいやすくなります。空気の流れが常にどのようになっているか把握しておく必要があるということになります。そこで塗装中は空気の取入口として窓を少しだけ開け、天井から吊したリボン(細い布きれ)の揺れで風の強さを確かめるようにしています。風が強すぎると埃を舞いあげてしまい埃が塗面に付着するので窓の開閉で風の量を調整しています。
風の流れを読み、作業姿勢と作業位置を工夫することで、限りなく安全な環境を作りだすことはできると考えています。塗料は濃度によって安全性の度合いが変わります。濃度が薄ければ、防毒マスクは必要ないと有機溶剤作業主任者の講習でも聞いています。防毒マスクを必要としない作業環境を追求することは、必要不可欠と考えています。
以上、今回は私が工房の室内環境作りで気をつけていることを紹介させていただきました。
著者の紹介
岡本有紀子(おかもと・ゆきこ)
木工職人 木のスプーンゆきデザイン工房代表
岡山県生まれ。南九州大学環境造園学部卒業後、NPO法人での勤務などを経て、木工デザイナーの時松辰夫氏に師事。2015年に大分県湯布院のアトリエときデザイン研究所の研修生となり、木工とデザインの基礎を学ぶ。2016年に地元の岡山で工房を開設。奥山や里山の身近な木でスプーンなどのカトラリーを中心に製作している。
木のスプーン ゆきデザイン工房Facebook
※岡本さんが白木のスプーンに使用している木工塗料は「木固めエース普及会オンラインショップ」でご購入できます。