箸にうるさい日本人

工業デザイナーの秋岡芳夫は、身体や暮らしにあったものの選び方・使い方に関する多数の著作を残しています。モノ・モノでは秋岡芳夫の本の中から、現代に通じる提言や言葉を掘り起こし、ウェブ上に公開しています。本稿では、日本人と箸のいい関係について考察しています。

文: 秋岡芳夫(工業デザイナー)

たなか銘産・つがり箸
湯布院の「箸屋一膳」では、里山の木を使いサイズ別の箸を製作している。

私たちは、箸を買うときに、めいめいに合う箸が欲しいので、お店に行って自分の好きな色のもの、おもしろい柄のものを手に取り、そのなかから使いやすさの基準となる重さと長さを吟味して買います。そして「これは僕のもの」ということで、極端にいえば一生その箸とおつき合いをします。

ところで、家族めいめいの箸を選ぶためには、お店にはいったい何種類の箸をそろえておく必要があるかということを考察してみました。

たとえば、四人家族が、それぞれ個性的な箸を欲しがっているとします。 その四人がまあまあ満足できるものを選ぶとすると、箸の小売店には最底六十種類はないと選べないのです。つまり、いまの高選択度時代風に、値段も考えてそれぞれに合いそうな箸を選び出そうとすると、たった四膳の箸を選ぶにも六十種類は必要なのです。

甘く、「安けりゃあいい」「色柄が気にいればいい」というくらいの気持ちで選んでいる人もいるでしょうが、それでも箸選びのシビアさは残っています。そのように選んで毎日使っているのが、「自分の一膳」なのです。僕らは欲張って、安くて、色がきれいで、使い心地のいい箸を探しているのです。

いま箸の産地では、こうした要求に応えられるように、箸を苦労して生産しています。

現在、日本の箸の八十五パーセントが福井県の小浜という小さな町で集中生産されている「若狭塗り」です。

完全な手づくりではありませんが、半手づくりで、かなりの量産です。作り方には特徴があり、ふつうの量産ともなみの手づくりとも違い、手プラス機械の「多品種少量生産」です。

若狭の塗り箸が、なぜいまでも日本の箸の八十五パーセントのシェアを確保しているかというと、その理由は多品種生産で日本中の欲ばりな箸需要に応じていることです。

箸の場合、たった四人分の箸を六十ものなかから選ぶというのが、買い物の感性。小売店は多品種を品ぞろえしておかないと、お客さんが満足しない。現在、小浜では一軒のメーカーで八百種類もの箸を並行して作っています。

箸の八百種類のデザインは大変です。箸は、日本人にとって必要不可欠の生活用具で、従って選ぶときにも手も動員して欲張った選び方をしますから、デザインは日本人好みにしておかなければなりません。

ところが、同じ日本人でも、一人ひとり、色の好みも違う、目方の好みも違う。さらに、子供の箸は短いほうがいい、という価値観があり、女性は一般的に赤い箸を好んで選ぶ。津軽のように、重い箸じゃないと買わないという風土があるかと思えば、京都は津軽より十グラムほど軽くないと買ってくれない、など、箸には土地柄もあるのです。

ユーザーのこうした多様な好みにまともに応えようとしたら、八百種類でも少ない。ところが八百種類の箸を機械では作れないので、機械プラス人間という変わった生産方式をとっているのです。

「手づくり」でもなければ「機械づくり」でもない。こうした方式でなければ、八百種類の箸は作れない。 若狭流の変わった生産方式のおかげで、僕たちはたった一膳の箸を六十のなかから選びだすという買い方ができるのです。それは、箸が工業製品化していないおかげ、ということにもなります。

箸は、たった二本の小さな棒ですが、「箸と人間のいい関係」を保とうとすると、メーカーも大変、問屋さんも大変、小売屋さんも大変、買い手も大変なんだということです。

一膳の箸。文字どおり〝箸にも棒にも引っかからない〟ことに思えるかもしれませんが、けしてそうではない。こういう簡単な道具を、ほんとうの好みのものに作り上げ、それを好みに選び、生活に活かすことが、いい生活を作っていく基本になるのです。

出典元・著作の紹介

新和風のすすめ

『新和風のすすめ』

モノ・モノ| 単行本 | 2023

工業デザイナーの秋岡芳夫が亡くなる7年前の1989年に上梓した書籍『新和風のすすめ』を文庫本としてモノ・モノが復刊しました。〝消費者をやめて愛用者になろう〟というスローガンにはじまり、〝新和風〟という暮らし方の提案にいたるまで、秋岡芳夫のメッセージが凝縮されています。
こちらの本はオンラインショップでご購入できます。

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※掲載箇所:「新和風のすすめ」 P91-95

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