サロンの会話ー3.中小メーカーの物づくりの限界
「日本の中小企業の大部分は大企業の下請で食ってるんだろう。」
「同じ大会社の下請工場でも、近頃、自主生産品を同じ工場内でずいぶんやってますよ。」
「親会社がそんな風に指導してるらしいね。」
「静岡や浜松あたりにずいぶんその手の工業製品メーカーがあるんじゃない。」
「あまり成功した話を聞かないけど…。」
「長年下請けでやってきてるから、自主販売能力がないんですよ。」
「自主的な流通パイプを持っていないのに製品を造るから、すぐ糞づまりをおこす…。」
「製造能力と販売能力を一緒に持たないからいかんのだ。 」
「両方をうまく持てたら大メーカーなみだよ。 」
「中小企業は自社流通パイプを持つ必要はないんですよ。」
「モチ屋はモチ屋だよ。いいメーカーといい商社が組めばいいんだ。」
「僕の経験でこういうのがある。たまたま僕が個別に以前から知っていた流通屋と中小メーカーを引合わせてね、両方から開発費を半分ずつ出させてさ、ある商品群をつくったんだよ。幸いよく売れてね。いまじゃ僕をそっちのけで両方で仲よくやってるようだよ。」
「うちあたりはその逆の経験しかないですよ。やっとメーカーを説得するわけですよ。デザインは大事ですよってね。そしてモデルをあれやこれやと造って見せてね、まあ10個くらい見せたとしますか、その中心メーカーがやる気を起こすのが2つか3つかでしょうかね。それをね、金型をおこして試作にもちこんで、でき上るとメーカーが問屋にもって回るわけですよね。そうするとたいがいケチがついてもどされちゃう。」
「金型代は損するし、デザイン料は払わにゃならんし…。」
「多いんじゃないんですか、そんなケースが…。」
「だから2度とデザイナーにはたのみたがらない。この間もね、ある小さなメーカーなんですけれど、先生、それじゃデザインはお願いします。ですからぜひ政府選定のGマークをとって下さい。」
「引き受けたの?」
「いや断りましたけどね。私は政府の方にコネがありませんからといって…。」
「苦しい中小企業のGマークだのみか。」
「僕と君がこの間この会議でやったあのデザインね。ずいぶんデザイン料が安く上ったね。」
「ああ、あれね。ふつうの1/3ぐらいの感じだったかな、工場の連中と商社の連中に、ここに集まってもらって、彼らにデザインさせたわけですよ。大筋のデザインをね。商社の部長が口でこんな風なものをぜひ欲しいというと、それを僕がどんどん黒板に書いちゃうんだ。商社の部長のいってるのに少しデザインの尾ひれをつけてさ。すると商社マンが、そう、これだ!こういうのが欲しいんだといって喜ぶ。するとメーカーのエンジニアがあすこが造りにくいだの、少し値段が高くなるだのと小さな声でつぶやくから、そんならこうしたらいいでしょうと、今度は僕が妥協案を黒板に描く。朝から始めると昼飯頃には結構な案ができ上っちゃうんだな。昼飯を食ったら、じゃいっぺん整理してみますか皆さんの意見を…。てなこといいながら、もう一枚の黒板に午前中の案をきれいに書き直す。そして、こりゃなかなかいい案だとほめる。そしてね、ポラロイドでパチパチと黒板の絵と図面を撮影する。それをみんなでそれぞれの会社に持って帰る。営業の連中は社に帰ってポラロイドの絵を部下にみせていう。どうだ今日俺はこんな案をメーカーに頼んできたぞと…
工場の連中は会社に帰って社長にも見せる、早速設計部に写真を渡して図面を引く作業に入る。…ね。これで一段落さ。次の会合のときは設計部からは図面が出てくるし、労務からは色や価格の注文や数量の見通しまで出てくる…。というわけだ。」
「フリーのデザイナーはしょせん指定業なんだよ。だから工場に図面でデザインを指定する。試作がすすむ。商社に見せる。没になる。デザイナーもなげく。メーカーは落胆する。こりゃ、やり方がまずいんだ。」
「製品の決定権が、中小メーカーの場合だけかもしれないけれど、工場側になくて、問屋や商社の方にあるんだよね。」
「うん。だから中小企業のデザインは工場サイドでやっても駄目なんだ。無駄なデザイン料で製品の原価を上げるだけのことだ。だから商品は商社サイドで開発した方がいいという意見がこの事情から出てくるんだと思うよ。」
「商社サイドでの中小企業向きの製品開発も問題がありますね。どうしても製品の技術的レベルが下がることが多い。」
「まちがいなく売れる商品はできるかもしれないが、技術にささえられた面白い物ができにくい。」
「技術的な限界もあるかもしれないけれど、商社命令で服従的に物を造りつづけていると、物を創る人間の心が腐敗してくるんじゃないの。」
「物を創り出す喜びがなくて、またしても下請になり下がる。」
「いままでの大メーカーの下請の替りに、今度は商社の下請になるというわけか…。」
「その点いまやってる会議方式の製品開発だと、みんなで創り出した案という参加の喜びがあると思う。合意と参加。だれの作業命令でやるんでもない。だれの指示に従うんでもない。みんなで案を出し合い、みんなで提案し、みんなで決め、そしてみんなで製品をつくり育てる….」
「創案、提案、決定、管理を全部この会議室でやるんですか。」
「いやそうじゃない。いまやってるのは提案を中心に創案の一部と決定の一部だ。」
「僕はいま一つ大事なことをひそかにやってみている。この会議室という場を、変な話だけど、どこにも所属させたくないんだ。メーカーにも商社にも。……できたら私自身にも所属させたくない。みんなの場にしておきたい。ニュートラルな場にもってゆきたい。ニュートラルな場であいまいなら、市民の場といい換えてもいい。」
「昔のフォーラムのような、中世のヨーロッパの都市の広場のような……」
「ここで、そんなやり方で実際にデザインした結果の、物の出来具合はどうですか。」
「造形的に見たら75点ぐらいだろうね。」
「でも売れることはよく売れてますよ。ここでやってもらったのは。……」
「本人がいうからまちがいない。」
「正確にいえば売れてるんじゃなく売ってるんですけれどね。」
「自分も一緒に考えた案だという愛着がある。だからつい売っちゃう。それにわれわれも開発費を出してますから何とか売ってここに払ったお金を回収しないと損になる……」
「メーカー側も安心して金型にとりかかれる。商社サマサマのご承認済の金型だからな。心安らかに金型を掘れるってわけだ。」
「心配しいしい、やり直しのかかるのを予定して掘る金型と、安心して掘った金型は見ても肌の光り具合が違うよ。」
「大企業は営業部を社内にもってるから、改めて会議室を創ったり、会議によるデザインを!なんていう必要はないんでしょうね。」
「多分ね、中小企業にこそ必要なんだと思うな。こうした会議室が……」
「いい中小企業と、いい商社と、親切なデザイナーが仲よくいい製品を創り出す場としてね……」