時松辰夫を再考する:特集展示「時松辰夫/暮らし・自然へのまなざし」制作の裏側

2026年4月4日から5月31日まで大分県立美術館で開催された特集展示「時松辰夫/暮らし・自然へのまなざし」。本展を担当した学芸員の𠮷峰拡さんに、企画の意図やキャプションで触れられなかったエピソードについて寄稿いただきました。

文: 𠮷峰拡(大分県立美術館 学芸員)

特集展示「時松辰夫/暮らし・自然へのまなざし」
「特集展示:時松辰夫/暮らし・自然へのまなざし」展示風景

はじめに

大分県立美術館の今年度最初のコレクション展において、特集展示「時松辰夫/暮らし・自然へのまなざし」という小さな企画展を担当しました。本稿ではその展示がどのように作られたのか、その背景と本展の概要をお伝えできればと思います。

大分県立美術館では田能村竹田や福田平八郎、生野祥雲斎(しょうの・しょううんさい)、宇治山哲平、吉村益信など、近世~近現代まで、大分県ゆかりの作家を中心に作品・資料を約5,000点所蔵しています。近年は所蔵作品以外の、県内の文化資源を生かした芸術作品や取り組みを紹介する試みも行っており、本展示もそうした枠組みの中で企画したものです。
私自身は工芸分野の担当ではないものの、かねてからクラフトやデザインに関心があったほか、地域の文化資源や芸術を生かした地域づくりについて文化政策という観点から研究していたこともあり、時松辰夫の作品調査や本展を担当することになりました。

時松辰夫について

時松辰夫
アトリエときデザイン研究所で制作中の時松辰夫(撮影:吉崎貴幸・2016)

時松辰夫(ときまつ・たつお/1937-2021)は、大分県九重町出身の木地師・クラフトデザイナー。中学卒業後、和箪笥工房を経て大分県日田産業工芸試験所に約20年勤務し、木工旋盤の技師として活動しました。その後、秋岡芳夫(あきおか・よしお/1920-1997)が学科長を務めた東北工業大学工業意匠学科(現・産業デザイン学科)・第三生産技術研究室へ招聘され、東北や北海道をはじめ全国各地で工芸指導を行いました。1991年には大分県へ戻り、湯布院で設立したアトリエときデザイン研究所の代表を務めながら、後進の育成に注力しました。主な受賞歴に、第12回国井善太郎産業工芸賞(1984年)や第47回日本クラフト展日本クラフト大賞・経済産業大臣賞受賞(2008年)、第56回日本クラフト展招待審査員賞(吉田龍太郎賞)(2017年)などがあります。
時松の作品は、建材として使用されない木材も含む様々な材を木ろくろ等で成形し、ポリプレマーという透明なウレタン塗装を施した器が主で、木目の美しさがそのまま表れています。また工芸のなかでもいわゆる「クラフト(※1)」という分野で、手仕事による量産品であるという点も特徴です。

作品の特徴と調査~展示に至るまで

こうした特徴が魅力である一方で、美術館という制度においては扱いの難しさにもつながりました。例えばデザインと量産の問題。制作には技術は要しますが図面があれば基本的に複製可能であり、同じタイトルでサイズのみ違うという作品も少なくありません。そして原作者性の問題。作品は一方で商品である場合があり、作家本人だけでなく工房で作成したものも含まれます。そのため本人や弟子など、制作の当事者でなければ見分けるのは難しい場合がありました。そして何より、時松は木地師としての自負があり、作家として名前を残すことに関心を抱かず、結果として銘の無いものが多くなったとも考えられます。
そこで作品調査では主に「九州クラフトデザイン協会展」(同協会)や「日本クラフト展」(日本クラフトデザイン協会)の出品作やその類作と思われる作品に絞って調査を行いました。また時松の2冊の著書や、同氏について言及された出版物、新聞記事、インタビュー記事など、文献調査も並行して進めました。
現在のアトリエときデザイン研究所は、同氏のご親族が共同で営業を続けておられます。工房の奥に保管された作品群の調査を、営業の傍らご協力いただき、半年以上かけて少しずつ進めていきました。
また大分県日田産業工芸試験所の資料を確認できたことも非常に幸運でした。文献調査で時松について語られるのは、1980年に東北へ移住してから湯布院時代までが中心であり、日田時代についてはあまり知られていなかったためです。このようにご親族やご関係者の皆さまにご協力いただき展示の準備を進めました。

大分県日田産業工芸試験所資料
大分県日田産業工芸試験所資料

展示構成

展覧会は3つのパートで構成しました。初めに「大分県日田産業工芸試験所時代―1956~80年頃の時松辰夫」ではあまり知られていない日田時代について紹介しました。次に「秋岡芳夫と時松辰夫」では東北から全国各地での指導の様子をご紹介し、そして最後の「日本クラフトデザイン協会と九州クラフトデザイン協会」では晩年の受賞作品を中心にご紹介しました。
なお展示は日本画、南画、工芸、油画、彫刻など所蔵作品を約1500平米あるコレクション展示室で紹介する一部エリアを用いて行いました。展覧会タイトルがスラッシュで区切られているのはそのためです。

時松辰夫の日田時代

約20年間の日田産業工芸試験所時代には、様々な加工技術による試作品の開発を行っていました。《盛器(錫象嵌)》(1980年)は、大分県産の日田杉の間伐材(※2)を集成材とし、穴を開け、錫の丸棒を通し、ろくろ旋削した盛鉢(ボウル)です。異なる素材の組み合わせは当時、同試験所の研究課長だった宮崎珠太郎(みやざき・しゅたろう/1932~)を中心に研究されており、その試作品の一つだったようです。間伐材の節の部分を取り除き、錫を入れて文様とした本作は、異なる硬さの素材を削る高い技術を、当時すでに時松が身に着けていたことが伺えます。

大分県日田産業工芸試験所資料:時松辰夫《盛器(錫象嵌)》1980年
大分県日田産業工芸試験所資料:時松辰夫《盛器(錫象嵌)》1980年

そのほか仙台の産業工芸試験所や香川県への研修受講、東京出張など、自己研鑽やネットワークづくりも積極的に行っていました。「グループ モノ・モノ」第2回展(1975年)には出品し、また1979年に同グループが有限会社化した際は財務委員会に名を連ねています。秋岡との初めての出会いは不明ですが、その後を運命づける出会いがこの日田時代にあったことが分かります。

東北、そして湯布院時代

東北工業大学工業意匠学科第3生産技術研究室編著『大野村の裏作工芸』、その他宮城県や島根県での指導成果の器
手前:東北工業大学工業意匠学科第3生産技術研究室編著『大野村の裏作工芸』、その他宮城県や島根県での指導成果の器が並ぶ。

1980年、岩手県大野村(現・洋野町)で「大野村春のキャンパス’80」が行われ、時松はろくろの実演や講演を行いました。当時東北工業大学で教鞭をとっていた秋岡が、以前からつながりのあった優秀な職人である時松に声を掛けたのが契機でした。この「時松塾」は現在も続く大野村の「大野木工クラフトマン育成事業」につながっています。1982年に大野木工が学校給食に導入されて以来、その知名度が全国的に向上。以来、北海道置戸町や島根県匹見町(現・益田市)などで、時松は秋岡とともに日本各地での指導を重ねていきます。本展で展示した「木の葉皿」シリーズに見られる矢羽根模様は杉の小径木を生かすべく宮城県津山町(現・登米市)で生み出されたデザインであり、また《白い器(オケクラフト)》は北海道置戸町でシラカバ活用のために考案されました。

時松辰夫《白い器(オケクラフト)》、《樹皮をいかしたサラダボール(雑木のうた)》
右から左奥へ:時松辰夫《白い器(オケクラフト)》、《樹皮をいかしたサラダボール(雑木のうた)》制作年不詳

1991年からの湯布院時代は、畢生(ひっせい)の大作である《えびす弁当》(2008年)や《杉の綾織盛皿》(2017年)などを生み出した円熟の時期にあたります。地元旅館等と協力して湯布院のまちづくりにも注力したほか、工房では弟子への指導も行いました。
本展の関連イベントでは、ギャラリートークにそのお一人をお招きし、お話をお伺いすることができました。例えば《えびす弁当》の特徴である、柔らかな印象の成形曲げ加工の試作は、小さいカーブと凹みの部分の難易度の高かったこと、長い期間かけて実験を重ねた結果受賞につながったという、制作の姿勢などについてお話いただきました。《杉の綾織盛皿》は、先述した矢羽根模様を発展させたものです。矢羽根模様の材を作った後、さらにそれを「重ね切り」という技法を用いて波状にして接着するという、複雑な手法で生まれているとのことでした。

時松辰夫《えびす弁当》 2008年
時松辰夫《えびす弁当》 2008年 第47回日本クラフト展経済産業大臣賞・日本クラフト大賞
時松辰夫《杉の綾織盛皿》2017年
時松辰夫《杉の綾織盛皿》2017年 第56回日本クラフト展招待審査員賞・吉田龍太郎賞

おわりに

展覧会の最後には触れる器を置いたコーナーを設け、時松の略年譜とご親族から提供いただいた写真も掲出しました。美術品としてケース越しに見るものではなく、直接手で触れるものであることを望まれた同氏の考えに私も共感しつつも、美術館では作品保護の観点からケース展示する必要があります。折衷案として当館の教育普及備品として購入した作品を触っていただけるように展示したところ、お客様の多くがその感覚を楽しまれておられました。

本展を通じて、時松辰夫の魅力は、作品の機能性や趣味性だけでなく、その思想や姿勢にあると改めて気づかされました。彼の座右の銘「木は平等。器にならない木はない」という言葉が端的に示すように、限りある資源をどう生かすのかは工夫次第であり、その知恵を地域で分かち合うという姿勢に各地の人々が共感してきました。各地のお弟子さんや関係者の方々が、本展のためにご来館いただいたことがその一つの証左ではないかと思います。
今回の小さな特集展示が、時松辰夫についてより詳しく知るきっかけとなり、また大分県のクラフトや産業工芸分野の研究の発展つながればこれに勝る幸せはありません。ご関係の皆様に厚くお礼申し上げます。

 

著者の紹介

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𠮷峰拡(よしみね・ひろむ)

大分県立美術館学芸員

1991年奈良県生まれ。金沢美術工芸大学卒業、九州大学大学院修了。公立劇場、京都芸術センター、京都市京セラ美術館を経て、2025年より現職。これまで携わった主な展覧会に「カイ・フランク展:時代を超えるフィンランドデザイン」(2026)、「村上隆 もののけ 京都」(2024)、企画した展覧会に「ザ・トライアングル 迎英里子:approach3.1」(2025)、「ザ・トライアングル 川田知志:築土構木」(2024)など。

※1:明治以降、工芸は純粋美術としての「美術工芸」や、民衆的工芸「民藝」、新素材による生活用品のデザインとしての「産業工芸(インダストリアル・デザイン)」、保護対象の技芸としての「伝統工芸」などと展開していきます。この中で「クラフト」は戦後、機械生産が主流の時代に形作られたもので、機械技術も活用した実用性のある量産品で、手仕事の風情や趣味性があるものとしておおむね定義されます。
※2:宮崎珠太郎、デザイン研究室、加工技術研究室、塗装技術研究室「研究報告 1.異種材料の複合及び異種技術の組み合わせによる生活用品の開発研究」
大分県日田産業工芸試験所『昭和54年度 業務報告』pp.1-26

参考文献:時松辰夫『どんな木も生かす 山村クラフト:小径木 曲がり材 小枝・剪定枝 風倒木を副業に』一般社団法人農山漁村文化協会、2020年

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