工業化社会の中で、生活者による誂え(あつらえ)の大切さをとなえた工業デザイナー、秋岡芳夫氏の考えに賛同し、作り手と直接話し合える、家具や日用品の相談会を開催します。ゲストは木工家の谷進一郎さん(72歳)。会場では谷さんが過去に誂えで作った作品をパネル展示するほか、誂えの参考になる椅子や厨子、小木工品(一部購入可能)を展示します。
本展に寄せて
私は1973年に工房を開いてから、自分の持っている技術や経験を生かして「誂え」による家具や木工品の制作を続けてきました。誂えとは、“めいめい”で異なる、体のサイズや生活にあわせて作ることです。作り手にも、在庫のないものを注文して制作してもらう「注文制作」よりも技術や経験が必要で、何よりも使い手に寄り添う姿勢が求められます。
誂えで作った家具・木工品の中には「注文主以外の人にもぜひ見てもらいたい」と思ってしまう一般性の高いものもあります。そうした作品は何点かまとめて作って、展覧会などに出品することがありました。反応が好評であれば、定番品としてくり返し作ることになり、結果として私の代表作になったものも少なくありません。つまり、誂えという仕事を通じて、注文主から作品のアイディアをいただいているともいえるわけです。逆に、私が自分で考えたオリジナル作品を、お客様が展覧会で見て気に入り、それを元にサイズや仕上げを注文主の要望にあわせて誂えたことが何度もあります。
私たちの身の回りにある工業製品では、作り手と使い手の顔の見える関係を築くことはなかなかできません。しかし、誂えでは互いの顔が見える関係性の中で、少しずつ信頼関係を築いていくことができます。そのため、できあがった作品を納め、よろこんでもらえたときの達成感もより大きく感じられるものです。私は「創作」と「誂え」を仕事の両輪として続けてきましたが、このことは次世代の木工家にとっても有益な取り組みだと思っています。会期中のギャラリートークでは、誂えという仕事の魅力や、これまでに誂えた作品を紹介し、一般の方が家具・木工品を上手に誂えるためのアドバイスをいたします。
誂えに関して、工業デザイナーの秋岡芳夫氏は、著書で以下のように述べています。
“よりよい生活用具を組み立てて、いい人間関係を取り戻して、いい生活をクリエイティブに送るためにも、いま、生活技術の回復、復権が求められています。ほんとうにいいもので個性豊かに暮らすためには「あつらえて」ものを手に入れるという生活を回復させなければなりません。道具のいちばんいい買い方は、あつらえて手に入れることです。”
『新和風のすすめーめいめいの暮らし、クリエーティブに』佼成出版社より
本展では、そんな秋岡氏の考えに賛同し、私の仕事を誂えという視点でふり返るとともに、既製品などでは解決できない家具や日用品にまつわる要望をじっくりとお聞きし、“めいめい”のための生活道具のご相談・ご注文を承ります。誂えが初めてという方も大歓迎です。気軽にお越しください。(谷進一郎)
谷進一郎(たに・しんいちろう)
木工家
1947年東京都生まれ。長野県小諸市在住。武蔵野美術大学・工芸工業デザイン学科で家具デザインを学んだ後、松本民芸家具で修業。26歳で独立し、創作と注文による木の家具制作を開始。以降、個展、グループ展で木工家具作品を発表する。国画会工芸部会員、信州木工会会長、木工家ネット代表。
ウェブサイト「谷進一郎 木の仕事」
会期中のイベント
ギャラリートーク
出展者の谷進一郎さんが誂えの参考になる椅子や厨子、小品などを紹介するとともに、オーダー制作の流れについてくわしく解説します。
※10月13日(日)は12:00から営業いたします。
開催日10/11(金)、10/12(土)、10/14(月)
時間14:00〜15:00 (予約不要・参加無料)
モノ・モノサロン「シリーズ・秋岡芳夫を読み解く①」
今回のモノ・モノサロンでは「誂える」「繕う」という2つのキーワードに注目。秋岡氏の言葉に共感し、木工の仕事を続けている2人(谷進一郎さん、南秀治さん)の対談を通じ、消費社会における工芸のあり方、地域と木工の関わり方について考えます。
開催日10月11日(金) 19:30~21:00
定員12名(予約制) ※ページ下部の専用フォームからお申込みください。
参加費500円(1ドリンクつき・税込)
ゲストプロフィール
南秀治(みなみ・しゅうじ)
木工職人・ギフトショップ店主
1974年岡山県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。外資系IT企業の営業・マーケティング職を経て、2010年に世田谷代田に家具工房を開設。オーダー家具のみならず、家具や住まいに関わるよろず相談所として修理や電気工事も行う。家具作りと並行し、2014年に愛用をテーマにしたギフトショップ「ダイタデシカ、」を近隣にオープン。2012年から「世田谷代田ものこと祭り」の発起人、実行委員長も務める。代田商店街副会長。
ウェブサイト:ダイタデシカ、
誂えの一例
木窟
上部には亡くなった方の写真を飾り、抽斗には分骨を納めるように頼まれました。ケヤキの塊を彫って、漆で仕上げました。
栃ダイニングセット
一家の中心で使い続けられるように依頼され、長さ2.6mの一枚板を使い、椅子も共木で作ることができました。
子供の椅子
30年前に自分の娘に作りました。これを元に子供用だけでなく大人用の椅子も誂えました。
樺階段箪笥
誂えものとしては最大級の仕事でした。4分割で作って、現場で組み立てました。