熊本県伝統工芸館の協力により、生まれ故郷での回顧展が実現
宇城市不知火美術館は市立の美術館で、地元ゆかりの作家を中心に作品の収集展示をしています。普段は絵画や彫刻作品を展示することがほとんどなので、今回は工芸品が中心のめずらしい展覧会になりました。
童画家、工業デザイナー、生活デザイナー、プロデューサーといった活躍の幅がとても広い秋岡芳夫氏をどのように紹介すればよいのか、とても悩みました。この地で秋岡氏を紹介するにあたって、地元のみなさんにとって一番近いところにある、とっかかりになるものは何かと考えたとき、まずは同じ県内にある熊本県伝統工芸館が思い当たりました。
工芸館は秋岡氏が設立に際してコンセプトづくりから関わり、「地域におけるモノづくりと暮らし」という考え方がとり入れられています。さらに工芸館とのつながりで、宇城市の竹細工職人さんが思い当たりました。工芸館と地元新聞社が主催する公募展のくらしの工芸展(秋岡氏の提案ではじまったもの)で入賞されたこともある方です。もう亡くなられましたが、工芸館で竹細工の講師もされていました。この方の作られた品を秋岡氏は愛用していて、自宅で竹かごをビアバスケットやテーブルの脚に使うなど多様に使われている様子が本でも紹介されていました。やはり地元の方だとみなさん親しみやすいのではと思いました。
じつは私は熊本県伝統工芸館に勤務していたことがあり、その間に秋岡芳夫展が開催されたことがありました。私は担当ではありませんでしたが、漠然とすごい方なのだなあと思っていました。秋岡氏が宇城市出身であることから、いつか地元で紹介できる機会があればと思っていました。
日本の図書館発展に寄与した父・秋岡梧郎氏の資料も展示
不知火美術館は、同じ建物のなかに併設されている図書館との関わりが深いのですが、秋岡芳夫氏の父・梧郎氏が図書館の発展に寄与した人物であることを知り、ぜひ一緒に紹介したいと思いました。
梧郎氏もこの地で生まれ、明治文庫という地元の図書館創設に関わったことが、図書館人として生きることになる出発点でした。現在の図書館では当たり前となった、自由に書棚から本を選ぶことができる開架式の推進や閲覧時の身元記入の廃止など次々と改革を実践し、戦時中は図書館の本を守るため膨大な蔵書を疎開させるなど、その功績は計り知れません。アイデアと実践はまさに秋岡芳夫氏と通じるものがあります。地元出身者としてその功績を地元の方々に紹介したい、これをきっかけにさらに深く知ってほしい。ぜひここで開催したいと思いました。
会期中は秋岡流・竹とんぼ作りのワークショップも開催
本展では、秋岡芳夫氏の提案に沿った家具や食器類を多く展示しています。手仕事で作られたそれらは使い手も積極的にかかわって選んだり使ったりして楽しむものばかり。いいものを長く使うものがいい、一つもので様々な使い方をするのがいい、などの考え方は誰もが共感できるものです。
展覧会期間中、ワークショップで竹とんぼつくりを開催したところ、付き添いで来ていた大人の方が次々と参加されはじめました。また、小刀を使った竹箸作りのワークショップを開催したら、参加者は全員大人の方。保護者が心配して子どもに小刀を持たせたくないという思いもあるのかもしれません。ただ、大人の参加者はかつて子どもであって、むかし小刀を使って遊んだ経験がある方がほとんど。小さい頃に経験した楽しさが大人になっても強く残ってその記憶をなぞるように楽しまれていたように思います。そういった意味で言うと、小さいころから美術館に親しんでもらうことが今後の館の存続にも大いに関わってくることを改めて思いました。
秋岡氏は自作する楽しみを説いています。自分の工夫を身の回りのものに活かす、誂え(あつらえ)も推奨していて、ものづくりに関わるおもしろさを伝えています。積極的な関わりをなくして受け身でいることは物事の判断基準が自分から離れてしまい、すべてをつまらなくしてしまいます。自分で作ることは、つまり自分で考えること、秋岡氏はその楽しみを教えてくれます。
本展の開催にあたって、秋岡芳夫のためならと、さまざまな方が協力してくださいました。。いまも多くの人に影響を与え続けている秋岡氏の考え方や人柄に深く感動しました。関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
プロフィール
浦田恭代(うらた・やすよ)
宇城市不知火美術館 学芸員
熊本県生まれ。大学卒業後、熊本県伝統工芸館に6年間勤務。久留米絣展やくらしの工芸展を担当。2013年から宇城市不知火美術館に勤務。趣味はボルダリング。
宇城市不知火美術館ホームページ